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よくあるご質問

成熟した貧乏になろう

13日午前に友から電話があった。やや一ヶ月ぶりの酒宴。
 やはり地震と原発事故のこと。触れてはいけない「神の火」に手を染めてしまった今、手に負えない格闘が延々と続けられているが、これにいつ折り合いが付けられるのか。
 経済原則という窓口からしか物事を見ていなかったのではないか。経済原則が全てであって、いいはずはない、と。
 義捐金の紙幣の表はお金だけれど、裏面は人の暖かい想いと心意気が着色されている。
 土建・建設業者は再興のチャンスと捉えているだろうな。
 被災者に喜んでもらい、金が回るならそれもいい。
 ところで高級官僚といわれる人種は何をしているのだろうか、こういうときこそ救国の意思はないのだろうか。義捐金と官僚とは対極にあるイメージで、とても結びつかない。
 国民はマスコミのフィルターを通して意識をコントロールされている気がしてならない。しかし、マスコミ人自身もそのことをしっかりと自覚しているとも思えない。
 どのテレビも言っていることは同じ。つまりお上の発表をただ垂れ流しているだけで、その道の専門家と称する解説者の人選も、実はコントロールの範疇にあるのだ。
 何事も、他者に責任を転嫁し得る範囲で主張している分には、後でわが身が問われる心配はないからなー。与野党問わず、当事者以外の政治家のスタンスがまさにこれだ。
 飛躍するけれど、今こそ宗教家や哲学者は発信すべきだと思う。それが言えないなら、そう肩書きを名乗ってはいけない。日本に宗教がないと言われることの証左だろうか。
 友は地震発生以来、全国紙を全て買っているという。後で、文明史観的な貴重な史料になるのではと言うが・・・。
 いずれにしても上記は、アルコールに汚染された二人の頭を過ぎって行ったことども。
 日の出とともに起きて働き、陽が落ちて休む、という生活サイクルに戻そう。
 「われわれは既に充分に貧乏だけれど、成熟した貧乏になろう」と話したのであった。

 帰宅して「方丈記」を読んだ。
「また、同じころかとよ(元暦2・1185年7月9日正午頃)、おびたたしく大地震振ること侍りき。そのさま、よのつねならず。山はくづれて河を埋み、海は傾きて陸地をひたせり(津波。琵琶湖の水が北に流れ、水位が数十メートル減じたという風聞が『山槐記』に)。土裂けて水湧き出で、巌割れて谷にまろび入る。(中略)都のほとりには、在々所々、堂舎塔廟、一つとして全からず。或いはくづれ、或いはたふれぬ。塵灰たちのぼりて、盛りなる煙の如し。(中略)かく、おびただしく振る事は、しばしにて止みにしかども、そのなごり(余震)、しばしは絶えず。(中略)そのなごり、三月ばかりや侍りけむ」と。

カテゴリ:ニュース・その他

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