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よくあるご質問

幻と消えた夢

「大震災」で自然消滅していまいそうな話なので
書くことにした。

昨年私は365日のうち330日、ほとんど毎日、日記を
書いていた。
一昨年、私にとっては、奈落の底に落ちるような事が
あって、違う自分にならなければならないと思ったり
今までの自分をすべて出し切ってしまわなければ、
これから生きてはいけないと思い込んでいたのである。

いくら拙いものでも。330という数は膨大であった。
日記というよりエッセイに近いものだったかもしれない。

2月初旬だった。
それは突然湧き上がった感情だった。

大昔、文学少女だった私は、ある夢を持っていた。

   「一生のうちに一冊、本を出したい。」

その夢が突然首をもたげたのである。

行動力だけは抜群の私がどうしたか?
ある出版会社に電話をしたのだ。
相手の方が、たまたま相性が良かったのだと思うが
2月11日に原稿を持って伺う事になった。

とても感じの良い青年と楽しい時間を過ごして、

   「大切に丁寧にきっちり読ませて頂きます。
   その後、厳しい審査会がありますので、
   今は何とも申し上げられません。」

そういう事だった。

実は、私はそこまでで大満足だった。
プロの方々に恥ずかしくなるような私の文章に、目を通して
頂くということだけで良かったのだ。

ところが、とんでもない返事が舞い込んだのである。

それ以来、何の音沙汰もなく2週間が過ぎ、何の期待も
していなかった私は、

    「やっぱり駄目だったんだな。
    言いずらくて電話もしずらいだろうな。」

感じの良い青年を思い出し、ちょっと可哀そうな事をして
しまったと、むしろ彼を案じていたりしていた。

忘れもしない2月25日。
大判の封筒が届いたのである。

その中には、予想に反して、審査会に通った事と素晴らしく
読み込んで頂いたと思われる「作品講評」が入っていた。
胸にこみあげるものがあった。

それだけで、私は大満足だった。
ここまでで良いと思った位である。

まさか自分で持ち込んでおいて、もうここまでで良いとも
言えず、それでもいろいろと違う不安が沸いてきて、おか
しな事に気が重くなっている自分の身勝手さに手を焼いて
いた。

その後、電話があり、早速打ち合わせをすることになった。
200ぺ−ジ位の本にしようという事になり、編集をして
今度持って行く事になっていた。

できるだけ早くと言われたが、仕事の合間の作業はなかなか
はかどらず、私のお休みの日にと言う事もあって、3月10日に
お逢いする事になっていた。
ところが急用で17日になったのである。

そして、あの「大震災」に遭遇したのである。

大震災前に書いたものは、内容的にも全く合わず、それより何より
自分の気持ちがサッと引いてしまった。

何回も電話をいただいたが、どうしても今はそんな気持ちには
なれないでいる。
多分これからも・・・・。

たった一ヶ月間の
幻に消えた私の夢のお話である。

カテゴリ:ニュース・その他

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