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よくあるご質問

「諸行無常」を、万葉時代に見る!…素浪人の『万葉集漫談』(205話)

大伴家持は718年(養老2、資料によっては717年説も)、に父、旅人の晩年の54歳の子供として呱々の声をあげました。
当時、旅人は従4位中納言、奈良北部の佐保の大豪邸に住んでいて、多くの家人や使用人が仕える、身分の高い貴族でした。そして家持も名門の貴公子として優雅に育つことになるのです。

さて、家持の生涯の詳細を語れというコメントを頂いて、どういう切り口で万葉歌を鑑賞しながら、彼の生涯を語れるか、考えているうちに日が過ぎてしまいました(苦笑)。
少し断片的な考察になりますが次の歌をご覧ください。

(205) うつせみの 数なき身なり 山川の
     清(サヤ)けき見つつ 道を尋ねな
          巻20・4468  大伴家持
解説・ 生きている人間の命ははかないものです。心を開いて山川の清い姿を眺め直し、仏道を求めよう。…という世の無常感を悲しむ家持39歳の時の歌です。756年(天平勝宝8)6月17日の事です。
この年2月には左大臣橘諸兄が讒言によって、職を辞し、5月2日には聖武太上天皇が崩御と、いままで家持を引きたててくれた方々をすべて失なってしまったのです。

(205’) 泡沫(ミツボ)なす 仮(カ)れる身とは 知れれども
       なほし願ひつ 千歳の命を
          巻20・4470 大伴家持
解説・ 人生は水の泡みたいにはかないものだとは承知しているけれども、それでも人間というやつは、千年も生きたいと
長寿を願うものですね。…という歌です。
先の歌と同じ日に詠みました。
一切のものは、生滅し変化しして永遠不変なものは無いとする
仏教の無常感がここにも漂います。
若く越中の守として勇躍、官界の出世街道を歩き始めた家持でしたが、ここにきて、暗転した現実を身にしみて感じているのでしょう。題詞には「病に臥して…」、「命をねがいて…」とありますが、絶望感にも近い苦悩のなかで、襲ってくる暗く不運な前途を予感したものと思います。
…そして、その予感は当たって、藤原仲麻呂が斬首されるまで、長い長い年月の間、家持を苦しめたのでした。

なほ、「大伴家持」についての研究書は山ほどありますが、私は、中西進著「大伴家持?〜?」、北山茂夫著「大伴家持」、佐々木幸綱著「大伴家持」などを読んでいます。その他は『万葉集』そのものから、ヒントを引きだしながらというところでしょうか。何せ、家持の生涯を語るとなると『万葉集』を語れというのに近く、骨が折れそうだなぁと、思いながらこの日記に向き合っているところです。(笑)

カテゴリ:ニュース・その他

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