趣味でつながる、仲間ができる、大人世代のSNS、趣味人倶楽部(しゅみーとくらぶ)

よくあるご質問

【 罪と罰 】

人は皆、「罪」を犯したときに法の下に裁かれ「罰」としての刑を受けます。

この罪の重さに対する量刑は、最終的に人間である裁判官が裁き決定するのです。

堀江貴文氏の2年6ヶ月の実刑判決も、同様の手順で行われました。

私は、堀江氏の罪の内容もそのレベルも詳しく分かりません。
極めて難しい専門的な取引が証券取引法に抵触したということでしょう。

私は、この事件については、最初の頃から何か違和感を感じていました。
というのは、実力のある若手実業家達によって、今の法の枠組みを縫って、経済界・金融界が下手をすると乗っ取られるような危機感が有ったために、相当に強硬な対応に出てきたと感じるのです。

私は永年、企業の財務・会計等の分野を担当してきましたが、経営トップは、財務・会計・税務の分野について、その道の専門家でない限り、詳しく説明しても専門的すぎて殆ど理解されていないというのが実態です。

従って、財務・会計の専門家は、会計や税務の法律ギリギリで実務処理をしていきますので、場合によっては確認が不十分で法に触れていることもあります。 
また、担当者によっては明らかに法に触れていても、そのまま処理してしまったり、意図的に違法行為をすることもあり得ます。
しかし、それらは経営トップには殆ど分からないことで、直接経営トップが指示をしたことではないことが多いものです。

そうした面から考えると、堀江氏の事件も同様のニュアンスが感じられるのです。
現代の金融取引は、その種類と複雑さにおいて、これを理解するのは余程専門的に勉強していないと極めて困難で難しいのです。(経理・財務の専門家でさえ十分理解されていないケースも多いものです。)

ですから、ライブ・ドア事件が、総て堀江氏の指示の元で実施されたり容認されていたとする司法の指摘は、私には到底理解が出来ないのです。

堀江氏も、当初は自分が全部理解していたものではないというような表現も有りましたが、その後、そのことを余り言いませんでした。
私からすると、あの誇り高い堀江氏のことですから、その事を言い続けるのは自尊心が許さなかったのでは無いかと思います。

しかし、現実には堀江氏が理解していない金融・財務の専門的なことばかりということから考えると、今回の判決の結果は、私には到底理解できないものになった訳です。

私は、裁判官はもっと社会を知るべきで、もっと多くの専門家の意見を求めるべきだと思います。
いくら法律に詳しくても、社会の実態や運営の状況が分からなければ生きた判断が出来ないと思います。
会社のトップだから、総てを知っていて指示をしているという感覚での判断では困ります。
会社の最終責任は、間違いなくトップにありますが、その責任の重さは、事件の大きさま勿論ですが、指示に絡んだ程度によって当然大きく変わってきます。

今回の堀江氏の判決を見れば、堀江氏の知識や理解のレベルを殆ど云々されていないように思います。

従って、この判決は、何か「出る杭を打たねばならない」といった印象が拭い去れません。

日本の経済界に洗われた超スーパースターに、荒らされ壊されてしまうような危機感や恐怖感に襲われたのでしょうか。!

堀江氏は、自らが知らずにやってしまう経済活動の怖さを、この事件で厭と言うほど理解しました。しっかりした反省もしています。
しかも初犯(本人からすると犯罪ではなかった。)ということからすれば、私は執行猶予付きが相当であったと思うのです。

これまで、こうした事件で実刑判決はないそうです。 そうしたことを勘案しても、実刑は厳しすぎたと感じています。

私は、何かを気にする余り、日本の司法は歴史に大きな汚点を残したと思っています。

私は、決して堀江氏の支持者でも信奉者でもありませんが、この事件が摘発されたときから、当時「厳重注意」を与えればいいのかなと思っていました。

どうしても有罪にするのなら、罰金刑か実刑なら執行猶予付きにすべきだと思っていました。

刑期を終えたら、堀江氏は何らかの形で復活し、そして司法に対して多くの疑問を提示するでしょう。
私はその時を、強い関心を持って見ていきたいです。


最後に、これは昔からの持論ですが、裁判官は若いとき2年ほど裁判実習をして、検事を3年以上、弁護士を5年以上したものが、裁判官になれるようにした方がいいと思っています。

それは、とりもなおさず「生きた裁判」をするために。!

コメント

コメントはログインすると見られるようになります。