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よくあるご質問

義憤  No2

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私には「尊厳死の宣言書」を書くに至る物語(ドラマ)がある。
ここに万感の想いを込めて記したい。

私の父は癌に冒された。
手術をしたが、時すでに遅し。
医師から父に正確な病状の告知はなされず、これは主治医の方針であった。だから症状の悪化と共に、父が医師に抱く不信感は日増しに募っていった。

嘘の塗り重ねが綻びるのは速い、父は誰とも口を利かなくなった。それと共に体力も急降下を辿り、痛み止めのモルヒネ注射で小康状態を保つようになり、注射が切れると七転八倒の痛みが父を襲った。

「苦しんでいるから、楽にしてやって下さい。」主治医に何度願い出ても、モルヒネ注射は決められた時間が来るまで打たれなかった。体が堪えられず中毒になるからと。
医師の不在を告げる看護師に「貴方の家族であれば我慢出来ますか!」と涙で迫り、無理に注射を打ってもらったこともある。

後はただ瞳をうるうるさせながら父の手をひたすら、、、さすり続けた。
父の躯は、点滴によって日ごとに膨れ上がり、腹水ではち切れそうになり、それでも尚長い間生き続けなければならなかった。
慟哭の日々であった。

激痛に苛まれながらも、最期まで延命措置を続けざるを得なかった悲惨な父を看取り、私はその医師や医療機関に対して、決定的な不信感を抱いた。

後々、関係者から、「末期の癌の治療費は、他のどんな治療よりも高額で、長引けば長引くほど莫大な収入源になる。」と聞かされた。これは「医は仁術(慈しみ、思いやり)」ではなく「医は算術」である。
悲しみが疾風怒涛のように押し寄せ、砕け散った。
                       
「経済第一主義のもたらす最大の問題は、
       人間が尊厳や品格を失うことである」

今も尚、躾には厳しく心優しかった父の想い出よりも、たった6ヶ月間だけの入院生活で、悶え、苦しみ抜いた父の残像が、ほとんどを占める思い出の酷さに愕然とし、何としても父の二の舞だけは避けたいと強く決意した。

今日、癌であっても、延命治療を望まず「尊厳死の宣言書」を提示し、適切な緩和治療をする医師に巡り会えば、闘病期、終末期を通して、ほとんど苦しみや痛みを伴うことはないという。
そしてその方が命が長くなるという研究結果まで米国で発表されたのである。
正に隔世の感がある。
人間としての尊厳を保ち、安らかに過ごせる日々は万人が望む人間の終末なのである。

私は突然の事故死よりも病気で死ぬ方が、家族や友人への別れや、身辺整理も済ませる時間の猶予が与えられる分だけ、幸せであると思うようになった。
それは自分の生命に責任を持つ「尊厳死の宣言書」のお陰でもある。

だが父が亡くなって、もう早20年。
日進月歩の医療の世界にも関わらず、体中チューブや点滴、胃に穴を開ける胃ろうのまま、薬漬けで病院のベッドに縛られ、生ける屍(しかばね)となりながら、ほとんど眠ったまま、あるいは苦痛を感じつつ、長い終末期を迎える人々が、いまだになんと多いことであろう。
そのことに激しい憤りを覚えるのである。

そして、癌の終末期も、一部のホスピス以外、今でも苦痛を和らげる処置をきちんとされず、父の時代と変わらない旧態依然のままであることが、私には辛過ぎる。

高齢化で2人に1人が癌になる時代である。
終末期の患者の虐待がみすみす許される医療であってはならない。私達は人生の総仕上げの終末期を、自らの手で守らねばならない。

なぜならば、死はとても自然なことだから。
太古の昔から、森羅万象、生きとし生きるものみな全てが死に至る、大いなる自然の摂理である。
人間は食べられなくなったら、命の火が乏しくなるもの。
薬で無理に人の寿命を延ばさないでほしい。

見守る家族にとって、肉親が苦痛のまま逝く、辛さ、切なさは決して消え去ることはない。最期のほんのひと時であっても、肉親が一生涯苦しんだかのようなトラウマとなって、後々までも残り続けるのである。
それほど最期は人間にとって重要な完結と成る。
その悲しみを、私達は家族に味あわせてはならないのである。

これを読まれた、一人でも多くの人々が、それぞれの終末期を自然な穏やかさで迎えて頂くことが出来たならば、父の苦しみも報われると希うのである。

娘の私が父に出来ること、
  それは今なお癒えぬ心の傷を、赤裸々に吐露し
    「尊厳死の宣言書」を皆様に提言することにある。

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花画像集より

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