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よくあるご質問

あをによし奈良の都は咲く花の匂うが如く…素浪人の『万葉集漫談』(208話)

(208)   あをによし 奈良の都は 咲く花の
       にほふがごとく 今盛りなり
         巻3・328 小野老(オノノオユ)
解説・ さあ、有名な歌です。大宰府の次官だった小野老は公用で平城京へ出張したのでしょう。「眩いばかりに光り輝く奈良の都は花も匂い立つように満開で素晴らしい風情でした」と、感嘆やるせない都の美しさを、望郷の念をこめて歌に詠んだのです。730年(天平2)の宴席でのことでした。家持13歳のときです。

(208’) 藤波の 花は盛りに なりにけり
       平城(ナラ)の都を 思ほすや君
         巻3・330 大伴四綱(オオトモノヨツナ)
解説・ 「藤の花が波打つように満開で見事に咲きました。あの、藤の花の美しい奈良の都を恋しくお思いになりませんか、
わが、殿は…」という部下の歌なのです。

(208’’) 我が盛り またをちめやも ほとほとに
       奈良の都を 見ずかなりなむ
         巻3・331 大伴旅人(オオトモノタビト) 
解説・ 「私に若い時代がまた戻ってくることがあるだろうか、いやいやそんな筈はないし、ひょっとして奈良の都を生きて再び見ることはないかもしれぬ。」と、太宰府の長官という高い官位にありながら、藤原氏の天下になって、転任さへままならぬのを嘆く旅人であったのです。13歳という多感な少年、家持の心に、父親のこの寂しい姿はどのように映じたでしょうか。貴族の御曹司として周囲からも下へも置かぬ扱いを受け、自らの前途を明るいものと信じ込んでいた少年家持に、不穏な厳しい政情の影もじんわりと感じさせる歌でした。

(208’’’) 憶良らは  今は罷らむ 子泣くらむ
        それその母も 吾を待つらむぞ
      巻3・337 山上憶良(ヤマノウエノオクラ)
解説・これももう、みなさま御承知の歌ですね。「もう、お酒も飲めないのだし憶良めは、この辺で退出しましょう。家では子が泣いてるだろうし、そのカカさんも私を待ちくたびれている様子だから…」といった愉快な調子の終宴の歌ですね。
13歳の家持には、日ごろ、遣唐使の話や、海を渡って遠く偉大な国家であり先進国、唐の話を聞かせてくれるこの老爺の姿が、きっと偉大な存在に思えたことでしょう。
もちろん、都府楼の東に位置した観世音寺別当の沙弥満誓も呼ばれていたし、そばには裏方を取り仕切る女流歌人で叔母の、坂上郎女などもいて、何かとアドバイスをし、やがて成人して家持が歌を詠み、『万葉集』編纂に執念を燃やすことになる人生に、大きな大きな影響を与えて行ったものと思われます。

カテゴリ:ニュース・その他

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