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よくあるご質問

藤の花を見てきました

前の日記の続きです。

飛鳥寺を見た後、飛鳥座神社にお参りし海老名へ向かいます。
飛鳥座神社参拝中に雨が降ってきました。
天気予報でも雨になることが分かっていたのですが、もし晴れたら行きたい場所がありました。

天竜川の近くに長〜い藤の花で有名なお寺があるんです。
それは、磐田市池田にある行興寺。

雨が止んだら行こうと思っていましたが、飛鳥座神社からズーッと雨。
諦めていたら、浜松を過ぎて天竜川に掛かる頃から雨が上がり始めました。
直ぐの遠州豊田PAに入ります。行き先の直ぐ近くです。行く時は、ここのスマートICを出る予定でした。
雨の上がるのが5分遅かったら、遠州豊田PAを通り過ぎていました。ラッキー!!

時間は、午後4時45分。現地まで約10分。5時になってお寺には入れないかも知れません。急いでスマートICを出ました。
お寺に着くと、午後4時57分。
間に合ったと思ったら、お寺は出入り自由。
でも、誰もいません。拝観料も不要のようです。
車をお寺の向かいの駐車場らしきところに停めました。

この寺は、昔は熊野寺と呼ばれていたそうです。
「くまのでら」ではありません。「ゆやでら」と読みます。

平安時代に、この地・池田の庄を治めていた藤原何とかという人の娘で「ゆや」という当時の日本三大美人の一人が植えたのだそうです。
三代美人というと、1人は言うまでもなく小野小町でしょうね。もう一人は、和泉式部? よく分かりません。

この人は、平清盛の次男・宗盛に見初められ京都へ行き、熊野御前と呼ばれ宗盛に寵愛されたのだそうですが、病気になった母のことを心配して宗盛に暇乞いし最終的には許されて故郷に帰り母の看病をしたのだとか。
この悲しくも清々しい物語は、謡曲「熊野(ゆや)」として語り継がれています。

そして宗盛の死後、彼女は尼になり生涯この寺で暮らし、藤の花を植えたのだそうです。
この藤の花は非常に長く、1本は国指定天然記念物、4本が県指定になっています。

1枚目に、この寺で最も長い藤の花です。
     長さが、1.7m。県指定の木でした。大きい木でした。
     樹齢700年以上。
     中央より、やや左が最も長い花で、地面まで届いています。

2枚目は、藤棚です。普通の藤棚より花が低く、人間の顔に近いので
     良い匂いがよく分かりました。

3枚目は、藤棚の真ん中にある、ゆやと母親の墓がこの小屋の
      後ろに仲良く並んでいます。


以上ですが、私はこの「熊野(ゆや)」という名前に以前から関心がありました。

ここから先は、個人的な話が多いものですから、ご多忙の方は飛ばして下さい。

というのは、現在堺で私が暮らしているのは、堺区熊野町というところです。
環濠都市時代は位置的にも堺の中心でしたが、明治以降合併を繰り返し現在は堺区が市の端っこになっていますが、町の機能としては依然堺の中心です。

私は南の外れで生まれ育ちましたが、非常に便利ですので、熊野町でマンションを借りて住んでいます。賑やかな所ですので、終の棲家にするつもりはありません。

小学校も「熊野(ゆや)小学校」と言います。堺では最も古い小学校です。

町名は、昭和の時代は「ゆやちょう」でした。現在は他の街から来た人に分かり難いということでしょうね。「くまのちょう」に変わりました。

私は、何故「熊野」を「ゆや」と読むのか不思議でした。

続きます

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