趣味でつながる、仲間ができる、大人世代のSNS、趣味人倶楽部(しゅみーとくらぶ)

よくあるご質問

親爺の二人旅・・・欧州編32

我々の旅には珍しくこの2日間観光らしい々をしなかった、Zermattでは天候不順で念願のマッターホルンを拝みそこなったし、Genevaでは国連・赤十字・他多くの国際機関本部あり有名だが観光には馴染まないと判断、レマン湖の畔を散策し永世中立国スイスを象徴するような平和な雰囲気を味わうことでお茶を濁した。
言葉の壁は何処の街でも存在したが我々は日本男児の面目躍如、度胸と愛嬌と厚かましさで乗り切って来た、がしかしドイツ人も異口同音に云っていたが英語は易しいいが仏語は嫌だと、まさに其の通り仏語圏スイスで早くも暗礁に乗り上げた。
全然英語で対応してくれない・・何処でも誰でも・・しかも早口の仏語で捲し立てる完全にお手上げ状態である。頭にきているから今度仏語で捲し立てられたら日本語で応酬してやろう!此方とらは讃岐訛りの江戸っ子だいっ・・・矢でも鉄砲でもうどんでも持ってこぃ・・・てやんでぃべら棒め!
お後がよろしいようで・・・てな訳でスイスを後にし我々は予定に無かった苦手仏領Lyon行9:11発の国際列車に飛び乗った、何故なら当初の綿密なスケジュールを順調過ぎて5日間も短縮して只今旅は進行中・・何処かで帳尻を合わさないといけなくなった次第。
スイスでは登山電車の利用や短路local lineで優雅な1等車の鉄道の旅から少し外れたが、今日のLyon行は又元通り快適な鉄道の旅・・車中電源も有り日記の編纂に専念出来た。
相棒は相変わらず目を三角にしてトーマスクックと睨めっこ!というのはこの後更に予定を大幅に変更、ニースやモナコへ立ち寄りそれから伊太利亜国のミラノへ回ろうと私が提案したからである。
紹介するのが遅れたがこの旅行の我々の役割分担は、私が大筋訪問先と日程観光の名所ターゲット選定・宿の手配・食事の手配・交渉ごと全般等で相棒は具体的移動手段検討とtime schedule及び会計と圧倒的に相棒の負担が多くご苦労をおかけしている。
特に私の右足の調子が思わしくなく満足に歩行できないので、taxi等余計な費用負担もありいろんな意味で良き相棒の人間性に救われること多し・・感謝・感謝!
Lyonに着きました処がなにやらお祭りの様相!此れは又宿が取れず野宿かと心配、YHへ直行して断られると後が大変だから取敢えずINFにて確認してからということに相成った。
しかしINFは駅前に無く地下鉄を乗り継いで旧市街の名物広場まで行かなければならない、此処に辿り着くまでの我々の苦労を掲載すると1ページを割かねばならない、さほどに異国で地理不案内・言葉が儘ならぬと苦労するものである。
やっと探し当てましたINF灯台下暗しというが我々が着いた地下鉄の駅の直ぐ横にそれはあった、それを解らず地図を見ながら広場を重い荷物を抱え一周した勘定・・用件を済ませた我々は暫し広場でlyonの街の雰囲気を吸収したく昼飯用のハンバーグを頬張りながらビールで乾杯その後taxiでYHへ・・・
Auberge de Jeunesse du Vieux Lyon YHというややこしい名前だが、旧市街の丘の中腹に有り絶好のlocation写真のような素敵な街が一望できる所で大満足。
荷物を置いて早速市内探訪に・・・地元の大学生に教えて貰った旧市街一の観光スポット ノートルダムドフルビエール大聖堂を訪れる、ケルン・ステファン・ベルリン等で最高の舞台を踏んで来た我々だがこの大聖堂も外観は兎も角中は勝るとも劣らない荘厳で芸術的にも価値の高い素晴らしいものであった。
又この高台にある舞台から見渡せる旧市街の全貌はプラハ・チェスキークロムロフ・ローテンブルグには規模的に後塵を拝するが中世の面影が偲ばれ捨てがたいと思った。

コメント

コメントはログインすると見られるようになります。