趣味でつながる、仲間ができる、大人世代のSNS、趣味人倶楽部(しゅみーとくらぶ)

よくあるご質問

49日

この世に誕生した生まれたての赤ちゃんの場合、最初の1ヵ月か
1ヵ月半位は、目が見えていないのと同じように、あの世(幽界)に逝ったその人は、丁度夢のような状態で、しばらくは意識がはっきりしていないそうだ。そしてやがて段々と、「自分は死んだんだなぁ」と知るらしい。(私は死んだ経験がないので明言はできないが)

 その間、亡くなってから49日間は、自由にどこへでも行かれる様だが大概は家の中とか、近くに居る場合が多いそうだ。だから私は
あの黒猫が義母ではないかと、いや違いないと思うのだ。

 そして、50日目位にいよいよ幽界に行く事になる。それまでは、この世とあの世(幽界)の中間位にいたことになる、この時、いったん自分の位牌に移り、その位牌の自分の戒名の文字から「霊波線」を引いて幽界に行く事になる。即ち、白木の位牌から黒塗りに金文字の位牌(正式)に移る、という事。

 仏具やで義母の位牌を注文する際、義父の位牌より大きなってはまずいと思い、それを持参した。「ご夫婦並んで二人の位牌」を勧められてそうした。

 義母は生前 「うちの墓には墓誌がないから・・」と心配しており、「義母さんのときに必ず作ります」と約束していた。義父が亡くなった平成元年より以前に亡くなった人もいるけれど、墓誌は義父と義母だけが彫られている。義母のお骨は墓の下に安置された。きっと満足しているはずだ。

 口の悪い末息子が家に帰ってから言った事。
「しかし墓の下は狭かったなぁ。これでオヤジ(ツレ)とおふくろ(私)が入るんだろう?」

 「そうなの。それ私が前々から思っていた事。墓の下に行ってまでも舅姑と同居はご勘弁願いたいわ」と思わず口走りそうになった。
死んだらどうでもいいでしょうに・・と言われそうだけど・・・

 嫁に来て30余年〜同居は舅が望んだ事で義母は初めは嫌がっていたと先日聞かされた。当時は義弟と3人暮らしで義母は楽しく快適だったから、私達若夫婦と子供二人ははっきり言って厄介な存在だったのだ。侵入者だった。舅は身体もこわしていたし、なにより義母を家事から解放してあげたい一心で息子に同居を迫ってきた。義母にとっては大きなお世話だったと思う。

 2世帯が住むには狭いという事で私たちが家を建てることになり
大きなローンを抱えることに。

 義母の望まない同居だったことを今更、知らされ正直、力が抜けた。望まない同居でどれだけ両者がストレスを抱えて生活していたか・・子供達の足音にも気遣い、「静かにして!」と無理を強いていたこと、今 悔やんでも仕方がない。終わったこと。

 「同居はイヤよ!」と義父にNOを言えなかった義母。その一言で私の人生も変わっていたのかもしれない。

 49日の納骨、法要 済ませました。お天気もよく 行楽気分で親族がマイクロバスに乗り込む。息子達も前日夜から戻り嬉しい忙しさ。
夜行バスで帰る長男を見送り、家の中は閑散として、とうとうツレと
二人だけになった。

 あの黒猫が居なくなった。ほ〜らね。やっぱり義母さんだね。

 ツレはゴルフ。私は朝も早よからPCの前。ああ〜暢気なもんだ。

カテゴリ:日常・住まい

コメント

コメントはログインすると見られるようになります。