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よくあるご質問

増上寺など見学

昨日、日本史学習会一行26名で増上寺、清澄庭園、深川江戸博物館、江戸東京博物館の五百羅漢図特別展を見学した。

天気予報では午後から雨になるとのことであったが、幸い雨は館内にいる時だけで、濡れずに帰ることが出来た。

浄土宗増上寺は将軍の墓所を特別に見ることが出来た。元の場所から纏められて、一区画の中に並べられていた。

秀忠ほか6代の将軍と、和宮、お江の合わせて8基あり、もと土葬されたものを発掘調査して火葬に付してあらためて埋葬したものである。

皇族出身のの和宮の墓が最も立派であった。

家光のみ日光大猷院、他6人の将軍はの墓は上野寛永寺にある。
増上寺と寛永寺に同数となるようにしたといわれるが、順序はまちまちである。

次の都立清澄庭園は当初紀伊国屋文左衛門の屋敷があった所といわれ、下総関宿藩主の下屋敷を経て、岩崎弥太郎が買い取って、全国から銘石を集めて賓客接待と三菱従業員慰安所の庭園とした。
跡を継いだ弥之助が更に手を加え、回遊式築山林泉庭園としたが、震災で大きな被害を受け、次の久弥が東京市に半分を寄贈し、東京都が残りを買い取って都立清澄公園とした。

時間の関係上庭園の一部のみの見学であった。

続いて、すぐ近所にある江東区立深川江戸博物館を見学。
江戸時代の町民の生活の様子を、館内に建物を再現して展示し、火の見櫓、肥料の大店、米屋、野菜漬物屋、猪牙舟の繋がれている船宿、三味線の女師匠・行商人・船頭などの住まいの様子が纏められて分り易く展示されていた。
解説員がいて質問に答えてくれた。

この頃の江戸の人口を100万人(武士・僧侶と町民が半々)とすると、零細町民は一世帯で長屋作りの6畳から8畳の寝室・食事場・仕事場兼用の狭い所に寝起きしていたことになる。
長屋の場合便所・井戸・ゴミ捨て場などは共同となる。

なかなか味のある博物館だと感じた。

最後に、江戸東京博物館で開催されている、法然上人800年遠忌に因む増上寺秘蔵の狩野一信による五百羅漢図(100幅、各1幅に羅漢5人が配されている)特別展を見学した。
この内4幅は完成を前にして一信は亡くなり、妻と弟子が補充したという。気のせいか一信の描いたものとは若干違うかな、とも見える。
狩野一信は10年に亘るこの業績が認められて、法橋から法眼に栄進した。

一昨日に続いての見学行で日帰りながら疲れた。

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