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よくあるご質問

心配と金の関係

心配がすぎると、損をする。
そして損をするのは、人の定めであろう。
なぜならば、人は心配する動物だからである。

70歳の男性は、胸のあたりが痛むような感じがするといい、病院で検査を受けるも異常がなかった。
それでも心配で、より大きな病院で検査を受けるという。
一人暮らしのゆえか、気もちに解放感がなく、内省的で、悲観的な感情が強いようである。
かんたんにいえば心配しすぎるようである。
そういえばこの前も、大腸の検査を受けたといっていた。
そして今回の胸の検査。
次からつぎへと心配し、余計なお金を使っているようである。

しかし病院での検査ぐらいならまだ大した出費でもないほうか。
教育費は安くない。
みずからは汗みづくになりながら新聞配達をして、子ども2人を国際学校に通わせる母親がTV番組にとりあげられていた。
離婚していて、収入も多くないようすである。
「これからは英語の時代」とTVで話す母親だが、子どもへの期待というよりも、その実はわが子が時代にとりのこされるのではないかと心配し、しっかりした教育を受けさせないと心配だとの顔だった。
子どもたちも、新聞配達までして学費を稼ぐ母親をまえにして「迷惑をかけすぎている」との想いあるらしく、その表情には勉強が楽しいというよりも、重荷を負わされたような悲壮感がただよっていた。
心配が先にきて、親は余分なお金を使っているのではあるまいか。

教育費などは安いほうか。
妹の人生を悲観的に心配するあまりに、貯蓄をおろして、その金を与える兄もいた。
友人が困るのに同情して心配し、借金の保証人になり、けっきょくは多額の金を支払うはめになった人がいた。
孫や息子が困るのを過度に心配して、詐欺にあい、大金をなくす人も続いている。
金をかせいで親を安心させ、将来は豊かで安定した生活を夢にみて、実力の伴わない商売の拡大計画をたて、けっきょくは大損する息子もいた。

この世では、損をしないで死にゆく人はほとんどいないようである。
なにかに心配をしすぎて、その代償に金銭的な犠牲を払う人が多いと思われる。
そして、歳をかさねるごとにその気もちは前向き姿勢でなく、過去の良きことよりも悪きことのみ思いだし、「あーあ、あの時はあんなことをするのではなかった、しなければ良かったのに」と考える。
実はこれ、最初に書いた70歳の男性が、ギャンブルや女性につかった金の額をおもいだして言ったことである。

心配するのはいい。
心配しすぎるのはよくない。
心配が過ぎると、損をするからである。

心配しすぎないように、人は読書をするのであろう。
現実の悲想感から逃れられるから。
一時的ではあるが。

心配しすぎないように、人は旅行するのであろう。
気分が晴れるから。
帰宅してはまた、現実にもどるのだが。

論理的心理学では、考え方を「Change」変える。
A わたしは過去に大損をした。 
B 人生において大損をすべきでない(Should)。 
C おれは「すべきでない」ことをしてしまったので、大バカだ(Awful)。
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A わたしは過去に大損をした。
B 人生において大損を「すべきでない」とはいえない。失敗を「すべきでない」と誰がいえようか。
生きて行動すれば、なにかで失敗する。道を歩けばつまずく。口をひらけば、要らぬことをいってしまう。包丁をもてば、ときには指を切る。
失敗だらけで、失敗の連続である。うまくいくことは少ない。いわば人生は、一つの成功のために、失敗、失敗、失敗をかさねていくようなもの。
失敗をするために生きている、といってもよい。
したがって、失敗は「しないに越したことはない」(Prefer)。
C 失敗とは、「しないに越したことはない」ていどのものなので、おれは大馬鹿とは言えぬ。人なみである(Regretful)。

逆説でまとめとする。
心配がすぎると、金を損する。
金は、損することも含めた多くの経験をするために使うものである。

さらに極言。
金は、損するために使うものである。

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