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よくあるご質問

すごい日記に出会いました。

お気に入り日記から・「コヘレト・ナナ様」まだご本人様に承諾戴いていませんが
読ませて頂くたび尊敬の念を新たにいたします。

日記の元となる、曽野綾子様も尊敬の念を持って読ませたいただいていますおひとりです。


「安心とは」

本日の曽野綾子女史のコラムに「安心して・・・・」仕事にとか子育てとか。私の人生で、かって一度も安心して暮らした事は無い。今一応家内安全なら、こんな幸運が続いていいのだろうか、電機も水道も止まらない生活が何時まで出来るののだろうか、と、絶えず現状を信じずに暮らしてきた。」と書かれて御座いました。

 思いがけぬ大災害に見舞われました多くの方々、予想外の原発の破損によります被害にて震災の難より免れられた方々の暮らしも覆されます事態となっておられ、この上なき苦難を背負われ、避難生活を強いられておられます事にお慰みの言葉も御座いませんが、然しながら全国から、海外からの支援と同情の援助が沢山寄せられておられます事は、ご不幸中の幸いと存じます。

 思い起こしませば、瓦礫の山、家を、肉親をなくし、食べる事にも事欠き、戦火にて逃げ延びた先にて再び戦災に遭われた多くの日本国民、挙句の果てには名前すら知りえぬ「ピカドン」と称しました恐ろしき爆弾にて一瞬にして焼け野原。此れを遭遇なされた方々、漸く敗戦、白旗を掲げ敗戦を迎えました当時の悲惨さ、子供には配給のみにては飢えを凌ぐことあたわず、闇買いに走り、途中で警察に捕まり凡て没収、終戦後にても尚、警察は威力を振るっておりました。

 親をなくした子供達は進駐軍に縋り、食べ物を乞い、働手を失ったり職の無い女性達は「パンパン」tと呼ばれます道に走り、飢えを凌ぐ人々が群がっておりました。少しの金品にて遠く田舎まで食糧を求めて走る夫人達、薩摩芋一貫目5円。新橋の土地一坪5円、如何に食糧の値が釣りあがっておりましたこと、推し量って頂けましょうかと存じます。

 政府の遣り方云々と、苦情どころか訴える事さえ、助けを求める事さえ、縋る所もなき当時、本当に何にも無いと申しましても過言では御座いませ当時、国中が息も絶え絶えで御座いました。今は国民同士が援助に奔走なされておられます。お仕合せでございます。

 申し上げたき事は、打ちひしがれ、意気消沈の国民が国を愛し挙って立ち上がり、安心を要求致すのではなく今日の土台を築いて参ったので御座います。仕合せは求めるのではなく作り上げ築き、自らの手で得る様努力いたすべきと存じます。

 避難所から仮住まいに移られた高齢者の方々が、回りに気遣う事もなき事が仇となり、体調を崩されます方々が続出とか、何故、年寄りでも何か復興の為に手伝えないかと、自らを励まし体を動かされますことに努力なされますなれば、崩れ掛けられました体調も復元なされますこと確実と存じます。

 至れり尽くせりが、上げ膳、据え膳となり復興の意欲を損なってしまっている様にも感じさせられます。不幸のどん底に足をf踏ん張って、浮上なさっていただきたく存じます。終戦後、足りない配給の食べ物にて「ひよろつき」ながら踏ん張りました。女史の仰せの如く「安心」はありえない詰まり安全であるべく努力を続けてゆくべきと感じさせられます。真の安楽は人生の終わりと存じます。それまでは年令なりに、生きております証を後に続く方々に示してゆく使命があると存知、一日を尊く生かさせて頂いて参ります。



真摯に生きるとはどういう事か改めて考えねばならないと
身が引き締まるおもいです。

コヘレト・ナナ様、曽野綾子さま
共に夫の年代から私の年代のおかたです。

書かれている文章に同感することばかりです。
同じ思いはあっても、文章書けない私は一人心に思っているだけでした。

この日記読みながら人生最後まで力振り絞って自力で生きる大切さ
おそわりました。

カテゴリ:ニュース・その他

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