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よくあるご質問

今頃になって「学ぶ楽しさ」を

広中平祐著『生きること学ぶこと』集英社文庫、加地伸行著『「論語」再説』中公文庫、いずれも5月の文庫新刊を読了。
 前書は、高校生を読者対象として書かれたものかもしれない。広中先生は1931年生まれ、京都大学理学部卒、ハーバード大学院数学科博士課程修了。70年に「複素多様体の特異点に関する研究」で数学分野の最高賞のフィールズ賞受賞。75年に文化勲章受賞。京都大学・バーバード大学名誉教授。04年に仏レジオンドヌール勲章受賞。
 はじめに、で「なぜ人は学ぶのか」。《人間の脳は、過去の出来事や過去に得た知識を、きれいさっぱり忘れてしまうようにできている。もっと正確にいえば、人間の脳は記憶したことをほんのわずかしか取り出せないようにできているのだ。それなのに、なぜ人は苦労して学び、知識を得ようとするのか。私は、それに対して、「知恵」を身につけるためだ、と答えることにしている。学ぶという中には知恵という、目に見えないが生きていく上に非常に大切なものがつくられていくと思うのである。この知恵がつくられる限り、忘れることは人間の非とならない》。
 ここでいう「知恵」とは、「教養」の有名な定義の「すべてを忘れ去った後に残るもの」と同義、と考えてもいいのかもしれない。
 《本来、学問や勉強という言葉には”受験勉強”という言葉に代表されるように、苦痛をともなう退屈なものというイメージがある。(中略)私は、学問は愉しいもの、喜びを味わうものだと語りたい》。論語の第六,雍也篇20 「子曰く、これを知る者はこれを好むものに如かず、これを好む者はこれを楽しむものに如かず」と。
 両親はともに配偶者を亡くした再婚同士で、15人兄弟の中で育つ。「父に学ぶ」「母の生き方」「友達のこと」など、自身の半生を語りながら、失敗と挫折から世紀の難問「特異点解消」の定理を完成させるまでを、飾らない言葉で語りつくしている。

 もう一冊の『論語再説』の加地先生は、京都大学文学部卒、専攻は中国哲学史で大阪大学名誉教授。
 この文庫版後書に《古典、いや書物一般がそうであるが、月日を経てから接したとき、前回のときとはまた異なる新しい発見があった。或いは『論語』内のさまざまな文の思わぬつながりを見出すこととなった。まして高齢となった私は、私自身のささやかな人生体験からの視点が生まれている。その眼から『論語』を見るとき、わが心の思いと重なってくるのであった。それは『論語』を深く知った歓喜と重なる》。
 これらは広中先生の学問に対する姿勢と、そこから得られる喜びといっしょだ。
 これはと思った本は、再読しなければと思いつつ、私はいつも読み飛ばして次の本へと手を伸ばしている。ゆっくりと考える事もないのはよくないと、その自覚はあるのだが。
 論語の第二、為政篇15 「子曰く、学びて思わざれば則ち罔(くら)く、思いて学ばざれば則ち殆(うたが)う」。(ものを習っているだけで自分で考えてみないと、まとまりがつかない。考えているだけでものを習わないと疑いがでてくる。)

 今でも合格発表後の書店で、教科書販売コーナーを覗くことがある。世界史や倫理社会や国語の教科書を求めようかと思いもする。随分前に一度だけ買ったことはあるが。
 ふと教科書は、ツアーの海外旅行と一緒ではないかと頭を過ぎった。最低限の見所だけは短時間に効率よく案内してくれる。しかしもっと知りたいというのには・・・・。
 実は、今月17日から9日間のスペイン旅行をすることにした。5年前のドイツや一昨年のベネルクス三国の時の湯河原の御夫妻と一緒にJTBのツアーに参加することにした。
 今回はブリティシュ・エアウェイズでともに成田で前泊するので、もうここから宴会が始まるのではないかと楽しみにしている。

カテゴリ:ニュース・その他

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