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よくあるご質問

「ワカタケル大王とその時代」読後感

この本は、埼玉県のさきたま古墳群で一番古い稲荷山古墳から出土した、115文字の金象嵌のある鉄剣の銘文が解読され、
その20年後に鉄剣発見30年、銘文発見20年を記念して開催されたシンポジウムで発表された講演・報告を基に、一冊の本にまとめられたものである。
シンポジウムは埼玉県による開催であり、当時の耳目を集めた話題であったので2千人もの聴衆が集まったという。

発刊されて既に8年を経過しているが、先に九州王朝不存在について述べたことと関連し、今一度倭王「武」とされている人物像と、
その時代の様相が、銘文解読により、どのように理解されていたのかを確認しておきたいと思って読んでみた。

1章 埼玉稲荷山古墳の新情報・・・小川良祐氏(前さきたま資料館長)
2章 東国における埼玉稲荷山古墳の位置づけ・・・橋本博文氏(新潟大学教授)
3章 稲荷山古墳出土の画紋帯環状乳神獣鏡を考える・・・車崎正彦氏(明治大学非常勤講師)
4章 五世紀の馬具と稲荷山古墳・・・岡安光彦氏(日本考古学協会会員)
5章 稲荷山鉄剣銘をどう読むか・・・狩野久氏(京都橘女子大学教授)
6章 稲荷山鉄剣銘とアクセント・・・森博達氏(京都産業大学教授)
7章 ワカタケル王と杖刀人首ヲワケ・・・吉村武彦氏(明治大学教授)
8章 王権と衣服・・・武田佐知子氏(大阪外国語大学教授)

以上8人の先生(肩書きは執筆時)が、それぞれの専門分野から述べられており実に興味深く読んだ。

古墳造営の時期の周囲の地域と比較した考古学的所見と、鉄剣銘の辛亥年の解釈、同時期の江田船山古墳出土の銀象嵌名鉄刀との比較。
被葬者の比定、「杖刀人首」の解釈、御名代から考察する5〜6世紀の倭国、オホビコ伝承とヲワケの関係、「武」が自称した「開府儀同三司」のことなどの他、
特に鉄剣銘文の音訳表記と記紀万葉集の万葉仮名のアクセントの一致とか、衣服から考察した王・官人・武人の身分標識の話などは初めて知ったが、
「武」の時代は叛乱伝承が示すとおり、鉄や馬の入手の為の交易権の確保に、覇権を握ろうとする勢力が存在すると共に、連合の機運も生じていた様であること、
記紀の一言主の説話や、一世紀に倭奴国王が中国に朝貢した理由と、五世紀に「武」が朝貢した理由が全く同じであることなどが良く分かった。

各先生の意見は総て倭の五王はヤマトの王として論じられている。
但し、意見を異にする方との討論ではないので、結論が一方的になっているかも知れない点には、注意をしておきたい。
江田船山の鉄刀の銀象嵌銘文と、埼玉稲荷山の鉄剣の金象嵌銘文を並べると、前者は吉祥文などもあり、下賜されたものと取れるが、後者は、
オオヒコの名前を祖先とするなど、誇らしげに自己の系譜所以を述べており、東国方言が使われていることなどから、東国出身者の自分の為に作らせたと思える。
「ヲワケ」はヤマトの「ワカタケル大王」に仕えていた事が銘文からはっきり読み取れる。そして、伽耶の物に類似した副葬品から「ヲワケ」は朝鮮に行った可能性が高い。

「武」と「ワカタケル大王」が別人とすれば、同時期に二人の王がいて、ヤマトの王は朝鮮まで出兵したことになるが、その時九州の王はどうしていたのか。
同一人とすれば、九州の王が当時関東にまで勢力を広げていたとは到底思えず、先に九州王朝は不存在としたことに、更なるダメ押しが出たという思いであった。

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