趣味でつながる、仲間ができる、大人世代のSNS、趣味人倶楽部(しゅみーとくらぶ)

よくあるご質問

「倭国と日本古代史の謎」斉藤忠著 読後感

この本は、弥生時代から8世紀頃までの日本史について書いているが、
この本の冒頭に、古田武彦氏の説に開眼され、それまで定まらなかった古代史観が浮かび出てきて書くことが出来たと述べる。、
あとがきに、参考文献として、25冊を挙げ、そのうち13冊は古田氏の著作となっている。
非常に広範囲に資料を見ているが、これは古田氏の説をそのまま使ったのであろう。
古田氏の古代史観を土台として筋書きを構築して、いかにもジャーナリストが書いたという読み物と言うことができる。

その内容は、私が今まで考えてきた日本古代史とは、かなりの隔たりがあり、その差異について、とても一々書き尽せないほどである。
その中の幾つかの事柄について、私の考えを再確認してみた。
取敢えず項目のみ列挙して、賛成か否かのみを述べてみることにした。

1.倭国の国名は、中国の史書に由れば、倭国→タイ国→倭国→日本と変遷しているが、これを国名の変更としている。(私の意見は不同意)
2.邪馬台国は倭人伝にある通り邪馬壱国であるとする。(不同意)
3.卑弥呼の魏への遣使は倭人伝に書かれている通り、景初2年6月とする。(不同意)
4.倭の五王を九州王朝の王とする。(不同意)
5.筑紫君磐井は倭国王である。(不同意)
6.雄略天皇を大和王朝の開祖とする。同時代のタリシホコは九州朝の王で列島を支配していたとしながら、大和にも王朝があったとするのは矛盾する。(不同意)
7.白村江の戦いに出陣した筑紫君薩邪麻は九州王朝の王である。磐井は継体天皇に滅ぼされているのに10代も後まで王朝が続いているとする。(不同意)
8.白村江の戦いに負けたのは、筑紫君薩邪麻王の命令に背き、参戦しなかった大和勢の裏切りによる。(不同意)
9.裏切った大和勢に反感を持つ筑紫君薩邪麻王側が近江朝を倒すべく、壬申の乱を起こした。(不同意)
10.天武天皇は薩邪麻(太上天皇)の弟で、その後継者とする。(不同意・・・但し、太皇弟と書かれ天智の娘を妃とする天武天皇の正体は不明であるのはその通り)
11.日本書紀の年代表記には誤りがある。(同意)
12.東北にも関東にも王朝があった。(不同意)

随所に論旨一貫しない所が見られ、その場限りのコジツケとしか思えないことが多々ある。
冒頭にも書いた通り、ここではスペースに限りがあるので、項目だけ列挙したが、時間が有れば追々私の意見を述べるつもりである。

(追記)上記「タリシホコ(多利思北孤)」(北を比とする書もある)は、タラシのつく天皇が居り、「タラシヒコ」なる人物(但し正体不明)ではないかと思考する。

カテゴリ:ニュース・その他

コメント

コメントはログインすると見られるようになります。