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よくあるご質問

加えて、加えて両方を

昨日は札幌交響楽団第539回定期演奏会。秋山和慶指揮でショスタコーヴッチのピアノ協奏曲第一番。編成を見て丁寧に言うと「ピアノ、トランペットと弦楽のための協奏曲」。
 ピアノはジャズピアノでつとに有名な小曽根真。トランペットは札響首席奏者の福田善亮であった。作曲者27歳の作品で、当初はトランペット協奏曲として構想したところ、自らピアノの名手でもありピアノを加えて作曲したため、結局ピアノ協奏曲第一番となった。
 後半は、レスピーギのローマの三部作「ローマの祭り」「ローマの噴水」「ローマの松」。4年前の暑いイタリア旅行を思い出しながら、100人の大編成の色彩華やかな響きと大音響ですっかり陶酔してきた。
 
 中丸明著『スペイン、とっておき』文春文庫を読了。2007年の文庫オリジナル。格好をつけるわけではないが、下ネタ表現が過剰で、些かうんざりという気がする。ここには書かないが、いくらスペインとはいえ、そうしなくても著者の能力は充分認めているのに。
 地元観光ガイドの表現をとりつつ、スペインを初心者向けに紹介している。
 例えば、プラド美術館。スペイン帝国にふさわしい美術館をという計画は、16世紀半ばに既にあった。当時、新世界からの莫大な富が流れ込んできていた。ヨーロッパ各地のカトリック護持とプロテスタント退治の遠征軍を派遣し、各地からの手土産を並べただけでも美術館は成立したはず。でもそこは何事にもアスタ・マニャーナHasta Manana(いずれ、そのうちにね)のお国柄。Manのnの上に波マークつき文字。
 明日じゃ間にゃ合わん、と言ってもアスタ・マニャーナ。
 1800年にナポレオン占領下で、その兄のジョセフ(スペイン式にはホセ)がホセ一世としてスペインを統治して、美術館建設の委員会も設けられ、かのゴヤも委員になった。
 現在のプラドは、啓蒙王といわれたカルロス三世が自然科学博物館として建てたもので、1819年王立美術館としてオープン。1837年の教会の永代財産解除令によって、国有になった教会や修道院から、ごろごろと絵画や美術工芸品が出てきたものの、きちんと保存しておくことの不得手なスペイン人。ガラクタ同然に放っておかれたものが、まがりなりにも残っているのは、乾燥した気候のおかげだと著者はいう。

 マドリーで昼に用意されているパエーリャpaellaはアラブ料理で、正式名称はアロス・ア・ラ・バレンシアーナarroz a la valenciana バレンシアはアロス(米)どころだから。
 米作りを教えたのはアラブ人だが、日露戦争後に5人の日本人が改良指導に当ったというが、この米は水分が多くてパエーリャには合わなかった。このパエーリャをスペインの国民食として喧伝したのは、作家サマーセット・モームで『ドン・フェルナンド』という著作にスペイン論を書き、そこでさすがの口の悪い皮肉屋もべた褒めしたからとか。
 711年、遊牧民のベルベル族がスペインを占領し、米作りとサフランの栽培を教えた。サフランはパエーリャを濃黄色に染めるだけでなく、薬としても香辛料としても、エジプトのファラオのミイラ作りにも使われていた。サフランは夜明けとともに開花して、夕方には萎んでしまうというほど儚い花で、花は紫色で小さいクロッカスの仲間で東洋原産。
 一つの花から三本の雌蕊をピンセットで取り出すという根気のいる作業を経て製品となる。ロンドンのハロッズデパートで、百グラム60万円の値が付いてギネスブックに。
 四年連作すると、十年は休耕にしなければならないそう。
 スペイン語でデパートはアルマセンalmacen。何でもあるのにアリマセンと覚えるといいと。
 かつてのスペインの首都であったトレド。首都のスペイン語はカピタル、英語と綴りは同じくcapitalで語源はカプートcaput、これは財産であった羊の頭数のこと。プラド美術館のプラドpradoは牧草地のことで、乾燥地では牧草地が希少価値だったのだろう。

 コルドバの目玉商品のメスキータMezquitaは巨大なモスク(回教寺院)だが、まずローマの神殿が築かれてその基石の上に、西ゴート族がキリスト教の教会を建てた。その後侵攻してきた回教徒が786年頃から増改築の手を加えた。そしてさらに、レコンキスタ(国土再征服)でキリスト教徒がコルドバを奪還して、再びモスクの中に聖堂を加えた。
 その工事を認可したカルロス五世ですら、工事途中を見て、「世界のどこにもないものの中に、どこにでもあるものを建て込むとはバカなことをしたものだ」と嘆いたとか。
 これとまったく逆のことがイスタンブールのアヤソフィアで、ギリシャ正教の大聖堂がモスクに転用された。
 イスラム支配の初期には、金曜日はイスラム教徒が、日曜日にはキリスト教徒が礼拝を行っていたそうで、夢のような宗教の共存共栄もあったのだ。

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