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よくあるご質問

見ておきたい天智、天武両天皇の系譜。…名歌200選?? 素浪人の『万葉集漫談』(228話)

(228) ますらをの 鞆(トモ)の音すなり もののふの
            大臣(オホマヘツキミ) 楯(タテ)立つらしも
          巻1・76  元明天皇(ゲンメイテンノウ)
大意・ 兵士らの弓を射る訓練のとき身につける鞆の音が頻りと聞える。兵を率いる大臣たちが楯(敵の矢、刀を防ぐ)をたてているらしい。 何か事が起きるのではないだろうか…。
 ・鞆→弓を射る時左ひじに巻いて弦の当たるのを防ぐ防具。

解説・ 43代元明女帝は病弱で早世し即位することもなかった草壁皇子の皇后でした。持統天皇の孫でわが子でもある、42代文武天皇も夭逝したことでその後を受けて即位されたのです。
歌は706年(和同元)のもので、710年の平城京遷都には、まだ間があり藤原京で詠まれたようです。

(228’) 我が大君 ものな思ほし 皇神(スメカミ)の
           継ぎて賜へる 我がなけなくに
          巻1・77 御名部皇女(オナベノヒメミコ)
大意・ 大君よ、ご心配なさいますな。皇祖の神が大君に添うようにと
賜った私が、お傍にいるではありませんか。
 ・「な思ほし」→思わないでください。

解説・ 作者は元明天皇の姉で、天武天皇第一皇子、高市皇子と結婚し、長屋王を生んでいます。長屋王の母親でもあるということす。天皇姉妹の歌のやり取りということで、大変珍しい2首となりました。

人の運命は分らぬもので、夫が果たせなかった天皇に即位し、和銅開チン鋳造(708年)、平城京遷都(710年)で奈良時代の幕開けは元明天皇からとなります。天武天皇が手掛けた日本最初の歴史書「古事記」3巻も712年に完成させ、日本史に大きな足跡を残されたことになります。

天智、天武両天皇には皇后,妃、夫人、嬪と妻が大勢がいて、采女もおり、人間関係が複雑です。 ちょっとした『万葉集』には、殆どこのお二人の系譜がついていますので、それをご覧になると、理解しやすくなると思います。念のため申し添えます。

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