続き3.「釈迦三尊像光背銘文」偽造説

この銘文についても薬師如来のものと同様定訳はない。

銘文の概要は、
法興31年辛巳(621)12月に鬼前太后が崩じ、翌年(622)1月上宮法皇が病につく。(聖徳太子の薨日は621年2月5日)
看病の干食王后も病に倒れる。
王后、王子、諸臣これを愁い共に発願して釈像を造る。
この願力によって病が癒えて欲しい。
2月21日王后が崩じ、翌日法皇が崩御。
癸未3月中、釈迦尊像・脇侍・荘厳仏具を造る。・・・ついにともに彼岸す。
司馬鞍首止利仏師をして造らしめる。

この像の解体修理を行った時に、台座墨書銘文が発見され、名文中に「辛巳」の干支文字があり、
また、尻