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よくあるご質問

草壁皇子の死と、柿本人麻呂の挽歌。…秀歌200選(39)(40) 素浪人の『万葉集漫談』(236話)

かくて最愛の一人息子、草壁皇子の政敵であり、恋敵でもあった大津皇子を死罪として葬った持統女帝は一方で夫、天武天皇の殯(モガリ)(服喪の礼式・使者の蘇生を念じて埋葬までの間、遺骸を柩にとどめた)を2年間という長期にわたって続け、その間に豪族や政府実力者の中の反対勢力を、確実に抑え込んでいったのでした。
とくに電光石火に執行した大津皇子の死罪は、持統女帝の怖さを天下に知らせる結果となって反対勢力、抵抗勢力を畏怖させ、その一掃に大きな成果を齎したのです。
加えて自らは即位せず称制を敷いて、草壁の即位のため下準備だったのでしょう、天武天皇の殯(モガリ)の総指揮を草壁皇子に委ねたのでした。
しかし、病弱であった草壁皇子は、母親のこうした溺愛にも、こたえることは出来ず、689年に亡くなってしまったのです。
ここにきて女帝は自ら即位し、今度は孫となる、草壁皇子の第一皇子(のちの文武天皇)の即位を目指します。

(236) あかねさす 日は照らせれど ぬばたまの
           夜渡る月の 隠らく惜しも
              巻2・169  柿本人麻呂(カキノモトヒトマロ)

大意・ あかね色に光り輝く日輪は今日も照り渡っているが、その太陽にも似た草壁皇子は、ぬばたまの暗い夜を渡る月のように、お亡くなりになってしまったことだ。(ああ、何という悲劇だろう!)という意味の歌です。
解説・ 宮廷歌人柿本人麻呂は、巻2・167の長歌で、草壁皇子の挽歌を天照大神(アマテラスオオミカミ)の神話から始めて、見事に歌い纏めあげていますが、この歌はこの長歌に続く短歌の一首です。

(236’) 島の宮 まがりの池の 放ち鳥
             人目に恋ひて 池に潜(カズ)かず
               巻2・170  柿本人麻呂

大意・ 草壁皇子が住まわれていた島の宮の、まがりの池に泳ぐ放ち鳥(鴨であろうか)は、人を恋い慕って水に潜ろうともしないことだ。
解説・ 柿本人麻呂は後世、歌聖と謳われた万葉第2期の著名歌人ですが、その生涯は多くの万葉学者の血のにじむような必死の研究にも関わらず今なお、その多くが謎に包まれたままです。 
しかし、作歌年代の分っているこの歌のすぐあとに、草壁皇子の死を悼む舎人(皇子の従者)たちの歌23首がありますし、あるいは彼も草壁皇子の舎人の一人だったのかもしれませんね。

妻の山辺皇女まで巻き込んだ大津皇子と、姉の大伯皇女の悲しい出来事は、このようにして時代の幕を降ろしたのでした。

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