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よくあるご質問

どんでん返し。歴史の裏面!…名歌200選(41) 素浪人の『万葉集漫談』(237話)

昨夜の埼玉は熱帯夜で寝苦しい夜でした。 寝苦しさを労わるように持統女帝が夢に現れて、闇の中にかぐわしい天女の舞をみせてくれるのでした。 
夢の中には松原が遠く続いて海が青く澄んで広がり、ほんのりと白雪を被いだ富士のお山も浮かんでいましたっけ…。

ひょっとして美保の松原だったか…。

埼玉は日本では珍しく海のない、内陸県の一つです。しばらく海を見なかったせいかなぁ、この夢。

「あらあら、素浪人さん。私はそんな悪女にみえまして…? 歴史には必ずもう一つの見方がございますのよ。」
天女の舞をみせながら、女帝はにこやかな笑みをこぼし高貴な香りを残して、富士山の上の雲の彼方に…。

いやぁ、寝苦しい夜にしては、美しく余情のある夢を見たものです。

(237) 敷妙(シキタヘ)の 袖交(カ)へし君 玉垂(タマダレ)れの 
            越智野に過ぎゆく またも逢はめやも
                巻2・195 柿本人麻呂

大意・ 袖をさし交わして共に寝た川島皇子は、越智野を通り過ぎて、あの世へ行ってしまわれた。またお逢いすることはできないものだろうか…。 という意味の哀切な歌です。 川島皇子の妻の泊瀬部皇女になり変わって、柿本人麻呂が詠んだ歌です。

解説・ 亡くなった川島皇子は、天智天皇の第2皇子でした。だから天武・持統朝を生きる苦悩をもち、政権の中枢には立てない、いわば傍系に立つ陰の高貴な皇子さまでした。
大津皇子とは意気投合した親密な間柄で、いわば莫逆の契を結んだ仲だったとされます。しかし今回は彼を裏切って、大津皇子の謀反を朝廷に密告したとされています。

考えてみますと、大津皇子は文武に勝れ人々の信望は篤く、天武天皇に嘱望もされた骨格逞しき男でした。10歳で父親の起こした天下をひっくり返す大きな内戦、「壬申の乱」に勇躍加担したキャリアもありました。
目のあたりにした父、天武天皇の雄姿! 壬申の乱に勝利すると、律令制度を推進し、群がる豪族を臣下とする序列を作った官僚制度を築き皇親政治を強力に確立していつて、天下に神とまで崇められたその幻影に、大きな誘惑を覚えた事があったかも知れません。
それでなくとも、持統帝は、皇太子草壁を守るために眼を光らせ、特に大津皇子の周りには、当時の秘密警察とも言われた占い師、大船の津守のような監視が目を光らせて、彼の立場には微妙な苦しさがあったともいえます。おのずと、病弱な草壁皇子に国政を委ねるわけにはいかないという気持ちが働き、「謀反」もありと、親友に漏らした事があったのかも知れませんね。
禁を犯してはるばる伊勢神宮に姉の大伯皇女を訪ねたのも、お別れを告げる気持ちが心の底にあったとも考えられます。

歴史には常にそうした裏と表の見方が成り立ちます。 持統天皇が淑やかな舞いの中で告げた言葉を、皆様にお話ししておかないと、先回までのお話しが一面的になると思って…(笑)。
さぁ、今日も蒸し暑い一日となりそうです。夜も寝苦しい一夜となるのでしょうか。 どうぞ、皆様も、羽衣を纏う天女の舞をゆめみて、ぐっすりとお休みいただけますよう! 

ねじれ国会という大きな矛盾に直面して苦しむ、現在の政治の在り方にも何処からか、光が差し込んできませんか、ねぇ! どうぞ、大きな被災に苦しみ喘いでいらっしゃる皆々様のために、政治が前向きに大きく踏み出してくれるよう、心から祈りたいと思います。

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