飛鳥を想う

プロフィールに一番行きたい所として、飛鳥を掲げているが、聖徳太子の話を日記に書き続ける内に、飛鳥への想いが更に強く胸に迫って来た。

聖徳太子が、蘇我氏の世界から飛び出して、斑鳩に宮と寺を建てたのは、飛鳥より、より中国に近い大阪に出るのに便利な場所として斑鳩を選んだのではないか。

積極的に国際社会に打って出ようとしたのではないか、などど妄想が頭を過ぎった。

この構想を引き継ぐかたちで、孝徳天皇は難波に宮殿を建てたが、皇極(斉明)天皇の強大な権力で、政治の中心は飛鳥に戻されてしまった。

斉明天皇は道教に心酔していたのか、関係する施設の建設に余念が無か