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よくあるご質問

心があぶないとき

むかしのことばかりが思い出されるとき。
それも恨み(うらみ)をいだくような過去のことばかり。
たとえば、子どものころ、オヤジやオフクロはわたしによくしてくれなかったなど。

10代や20代のころのことが多く思いだされるとき。
それも自分の失敗ばかり。
たとえば、あの時はあのようなことを言わねば、せねばよかったのに、なんとわたしはバカだったなど。

こんな時にいちばん良いのは人と接すること。
孤独をさける。
人とのつきあいを探す。
PCでの話のやり取りもいいが、できれば生身の人間とつきあうといい。

なにもあらたまってこちらから話をしてくれ、付きあってくれということはない。
散歩する、買い物にゆくなどで、人にあったら挨拶だけでもいい。
「あついですね」という。
「あついですね」との言葉が返ってきたら、「ほんとうにね」と応じる。
これで終わってもいい。
むっつり通りすぎるよりもいい。
一瞬でもこころの孤独はなくなっている。

雑談がはずめばさらにいい。
このとき大事なのは、話を聞いてほしいのではなく、話を聞いてあげようの心がまえ。
世の人はみな話したがっている。
ここは親切に話をひとつ、ふたつ聞いてあげる。
そのかわりに、人との交流という「ご褒美」がある。

ほかにたとえば、なにか困っているときに助けてあげるのはいい。
ゴミ袋が重そうな人には「いっしょに捨ててきましょうか」というなどして。
ここでも大事なのは、親切の押し売りをしないこと。
相手がしてほしいことをしてあげること。
アメリカ人はこれが実にうまい。
ドアを開けてほしい人には絶妙のタイミングでさっとあける。
『五体不満足』の乙武洋匡もアメリカでの体験を「ほんとうに困ってくれるときに助けてくれる」といっていた。

このように親切にすることで、小さくも、大きくも、ともかくなんらかの「心の交流」がある。
まったくの無関心ではなく、小さな「心の交流」でも心いやされる。
たとえ少しでも心いやされれば、そのぶんだけ人に対する恨みが減っていく。

恨みがふくらむと罪を犯すまでになる。
軽い罪では、一人暮らしの女性がいたずら電話をかけつづるなど。
凶悪的な犯行では、たとえば秋葉原で人を殺しまわるなど。
理屈ぽくいえば、これらの罪の元凶は人との「心の交流」の欠如からくる。
カゥンセリング心理学でいう Relation ( Rapport :心と心のかよいあい)がない状態である。

孤独におちて人との心の温かみを忘れると、その人の心はすさんでくる。
その心の荒み(すさみ)の始まりが、過去への恨みや後悔だ。
人とあいさつを、話をする。
自分にも相手にも負担にならない適度な親切をする。
親鸞(しんらん)の『歎異鈔』にいう「有縁を度すべきなり:自分のできる範囲で縁ある人に親切にする」である。
孤独だけに時をついやさぬがよい。

人との交流も楽しみ、孤独も楽しむ、となればもっとよい。
そしてでき得れば、未来への目的ややりがいをもてればさらに良い。

カテゴリ:語学・国際交流・社会貢献

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