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よくあるご質問

「少しはわかってきたよ。親父」

今日10日は、
15年前に87歳で亡くなった父の月命日だ。

花は昨日活け変えた。
「今日は、親父の好きだった栗饅頭をお供えしよう」
等と考えていてふっと思い出した。

明治生まれの父は、
私たち兄弟に厳しかったが、
特に私には厳しかった。
私が小学校の四年生か五年生の頃だったと思う。
(不確かだが)

ろくに勉強もせず、近所の悪友を連れて、
遊びまくる私に余程いらだったのだろう。

お風呂をたくまき
(当時の田舎町にガスや灯油はなかった)で、
はげしくお尻を殴られたことがある。

「勉強は誰のためにするのか、答えてみろ」
と親父は言う。

答えに窮した私は、ちょっと迷いながら、
「人のため」と答えた方が、
親父の怒りが早くおさまると瞬間的判断をし、
「人のためにきまっとらぁ」(岡山弁)
と答えた。

答えたとたんに、
親父の怒りはさらに大きくなった。

私のお尻をまきでたたく親父の力が、
さらに強くなった。

「勉強は人のためにする」
ということのどこが間違いなのか、
よく理解できない私は、不貞腐れて言った。

「気に入らんのなら、なんぼでも殴れ」
と、自分のお尻を親父の前に突き出しながら、
初めて反抗的なことを言った。
(不思議だが、その時の記憶は鮮明だ)

あまりに激しい親父を母がなだめて、
私は折檻から開放されたが、
その時、親父が私に伝えたかったことが、
「人は人のために役立つ人になるために、
自分が成長しなければならない。
そのためには、自分を磨かなければならない。
勉強は、自分を磨くためにするんだ」
ということだったことを、
70歳近くになって、
少しわかってきたような気がする。

口下手だった親父が私に伝えたかったことを
いくらかわかるようになるまで、
60年もかかったことになる。

情けない話ではあるが。


「親父の好きだった栗饅頭、
久しぶりにいっしょに食べような。
お盆には、帰っておいでよ。
いっしょに、この歌も聴こうな」

http://www.youtube.com/watch?v=TYIWkca1Mds&feature=related

カテゴリ:ニュース・その他

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