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よくあるご質問

人麻呂の最後の若妻、ヨサミの歌。…名歌200選(50)(51) 素浪人の『万葉集漫談』(244話)

石見の国の依羅娘子(ヨサミノオトメゴ)といえば、柿本人麻呂の最後の妻として知られます。

石見に妻を残して、都へ旅立つ人麻呂の歌を前回紹介しましたが幾つかの長歌があってその反歌の中に次の歌もあります。

(244) 青駒が 足掻(アガキ)きを速み 雲居にぞ
            妹があたりを 過ぎてきにける
                  巻2・136 柿本人麻呂

大意・ 青駒の歩みが早いので、いつまでも見たいと思っていた妻の住む里を、あっという間に雲の果て遠く、隔てて過ぎてしまったなぁ。
という意味内容の歌です。
解説・ 詩人、大岡信『古典を読む万葉集』は、「人麻呂が57577の短い詩形のなかに、いかにスケールの大きい幻想的な歌いぶりを示しうる人であったか」と慨嘆し、
斎藤茂吉『万葉秀歌』も「歌柄が強く大きく、人麻呂的声調を遺憾なく発揮」とほめます。
          
「な〜んだ、早駆けの馬の所為で、妻の里が見えなくなった、それだけのことではないか」という声も聞こえてきそうですね。(笑)
いえ、詩や歌の解釈・鑑賞は各自それぞれで、それで宜しいのではないでしょうか。
実は、幾つもの長短歌で織りなされた人麻呂の石見のこの妻との別れは、歌人、人麻呂フィクションだったという学者間の説もあります。前回もちょっと触れたように作家、車屋長吉は、刑場へ引き立てられて行く時の人麻呂の歌と見るのです。しかも人麻呂を犯罪者に仕立てたのは他ならぬあの藤原不比人(フジワラノフヒト)だったと言うのです。そして全国270を超える人麻呂神社は、藤原一族が人麻呂の怨霊を恐れて建てたのだとも言うのです。
小説家の車屋です。人麻呂神社や人麻呂の故地を歩いて詳しく調べた多くの根拠に、作家としてのイメージを膨らませたのでしょうか…。

(244’) な思ひと 君は言へども 逢はむ時
             いつと知りてか 我が恋ひずあらむ
              巻2・140 依羅娘子(ヨサミノオトメゴ)

大意・ そんなに思い悩むなと、貴方は仰いますけど、今度お逢いできるのはいつのこととも解りませんし、貴方を恋い焦がれずにはおれませんわ。
解説・ 「な思ひ」→心配するな。
大岡信は詩人らしく、「一群のうたには、あたかも画竜に眼を点ずるように、この1首が続く」と高く評価しています。『万葉集を読む』(岩波書店刊)など『万葉集』には極めて造詣の深い大岡信ですし、(私も有楽町にかってあった朝日大ホールで、彼の講演を何度も聴きに行きました)肯ける解釈です。
車屋長吉は1300年もの昔、当時、文字書きのできる人は100人に一人いたかどうか。石見の鄙びた地に人麻呂と対等に歌が詠める若い美女が居たであろうか…という問いかけの立場のようです。
そして多くの万葉学者は、この一連の歌を人麻呂とその若妻との相聞歌と解釈し、それが学界の通説でもあります。

はて、皆様はどの説を採用されますか? 長歌を抜きにして解説しましたので、少し解釈に問題や無理が出るかもしれませんが…。
ことほど左様に、柿本人麻呂は謎に包まれた大歌聖。

ヨサミちゃ〜ん! 依羅娘子(ヨサミノオトメゴ)等ととり澄ましていないで、正解を早く教えて下さいナ!(笑)。

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