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よくあるご質問

衝撃の倭人伝誤訳説

先日の講演会で今までの倭人伝は本来の意味から外れて訳されていると言う話があった。

30分の講演ではよく分らなかったので、著書を買って読むことにした。

その趣旨は、元の文は2千年前に書かれた物であり、当時の漢字の意味から翻訳すべきである所、1700年代に完成した「康煕字典」により和訳されているので、本来の意味から外れた誤訳に基づいて研究がなされていて、今までの研究はその意味を成さないと言うものである。

著者は後漢の時代に成立した辞書「説文解字」によって解釈しなければならないと主張している。

そしてこのことは中国語で論文として発表しているとのこと。

そうなると、倭人伝に限らず、他の東夷伝ほか、当時の書は今一度翻訳し直さねばならないことになる。

そして、私の考えも改めなくてはならないかも知れない。

ところが、不思議に思うのは、従来日本に限らず、本場中国の研究者又は倭人伝についての著者でも、「康煕字典」による倭人伝の解釈を行っていることである。

この問題が今後関係者の間でどう取り上げられていくのか、或いは無視するのか、(今まで積み上げられてきた研究は総てご破算となる・・それに学界は対応できるのか)

著者の見るところ50年は是正されないであろうとのこと。
即ち世代が替わらなければ直せないと見ている。

著者は邪馬台国ヤマト説であるが、卑弥呼は邪馬台国には居らず、九州福岡県に出張っていたと倭人伝に書いてあると言う。
それは対中国外交問題が重要課題となっていたからだとする。

古事記神代にも伊都国に来ていた公孫氏の官吏が退去したことが書かれていると言う。

まるで、神功皇后や斉明女帝と同じパターンである。

私は邪馬台国ヤマト説支持であるが、当時の日本は東北を除き、連合体として略統一されており(但し王権としては不安定)、中国との交流も活発であった。
それは、一地方に過ぎない九州の能くする所ではありえないと考えるからである。

これから、この本に書かれていることをよく吟味検討して、再度初歩から真実の姿を追及して行こうと思う。

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