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よくあるご質問

療養中なのにタイでちょっと遊んで・・・その3

古いパスポートを取り出して最初の訪タイが何時だったか調べてみたら・・・1978年6月8日、シンガポールから入国していた。
この頃って両替は銀行の外為で大蔵省の許可印を貰って・・・今みたいに幾らでも持ち出せる時代じゃなかった。
現在のパスポートは7冊目・・・最初は10年有効なくて5年か一度きりだったなァ。

その頃のバンコクって・・・うん、少し思い出せる。

先ず空港・・・ドンムアン空港でボーディング・ブリッジなんて気の利いた物は無く薄暗い滑走路上を到着ロビーのある建物に向かって歩いた記憶、ロビーを出ると金網越しに到着客を待つ人、人、人。
何かとんでも無い所に来たなァ〜と言う感じだった。

タクシーも底が抜けるのではと思えるほど穴が開いて地面が見えたり、勿論BTSや地下鉄などは無いから乗り合いバスを利用、行き先が判らなくて往生したなァ。

そして今、町を歩いてみると都心は東京と変わらず、田舎に行っても日本の田舎と変わらず、着ているものも日本の夏服とあまり変わり無い格好でタイの民族衣装は現在では高級ホテルのスタッフや劇場などでしかお目にかかれない・・・30年ほどでこうも変わってしまうのか。

6月5日午後8時過ぎ・・・メルボルンからの航空機が到着、メルボルンで乗り継いだ知人がようやくバンコクに着いた。

最後に奴の店で・・・じゃ、バンコクで会おうな、空港まで迎えに行くよと言ってサヨナラしたのだが・・・実は現地で出来た彼女がどんな奴なのか見たかった(写真ではお目にかかっていたけど)、何と好奇心旺盛な爺なんだ、俺は。

出てきた知人を柱の横から見ていたが誰も迎えに来ていない・・・両替をするべく空港内の銀行の前に立った奴を見て、明日、市内の両替商で換金すれば良い、俺が取り合えず貸しといてやるよと声を掛けると・・・おォ〜と声を出して驚きの顔を見せた居酒屋の親父。
相変わらず笑える奴だ。

市内への電車はまだ運行中ゆえ、前回乗れなかったという奴を案内して定宿へ向かう。

これから宿に入ってどうするんだ?と尋ねると・・・聞くまでも無いでしょう、これから出陣ですよ、元青年さんも行きますよねと思った通りの答え。

奴が部屋を確保し荷物を置いてくる間、我輩はロビー内にあるレストランでビールをグビグビ・・・奴も同席してあっという間に大瓶2本。

そして地下鉄で街中へ、何時も行く店、数店お邪魔してオネーちゃんをからかって夜は更けて行く。

でもこの頃からお腹の具合が・・・今日、何か変なもの食べたかな?
日本で誰もがその名前を知っている商社の現地スタッフとなったまだうら若き乙女とカオ・マンガイ(蒸した鶏のエキスで焚いたご飯の上にこの鶏が乗っかったタイ版チキンライス)を食っただけなのになあ。

地下鉄の営業時間は過ぎてしまったのでタクシーでのご帰還、そして休んだが夜中に震えが出始め、それから何回トイレに駆け込んだやら・・・で夜は更けて行く。

コメント

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