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よくあるご質問

2、後楽園、そして倉敷・大原美術館

28日は9:10ホテルを出発。ホテルの車で邑久駅まで送ってもらい、長閑な単線赤穂線の短いレールの継ぎ目の音を懐かしく聞きながら岡山駅に。荷物をロッカーに押し込んで、早速市内路線バスで後楽園へ。
 入園料はシニア140円、一般は岡山城とのセットで560円。65歳以上は城に登ることも少ないからだろうか、別途、城の入場は300円であった。実は、こうしたJR、バス、タクシーなどの交通費、ロッカー代や各種入園料、食事やコーヒー代に至るまで、全て一括管理の共通の財布から支払われる。財務大臣のF夫人がやってくれるので、われわれは個人的なお土産代の支払いしかない。それも5人の旅の前半が終わったときには、昼食代や酒代などが少なかったからと、うれしい思わぬ大金が返戻されたのだった。
 日本三名園の一つの岡山後楽園は、藩主池田綱政公が1687年に着工、1700年に完成したもので、その後も藩主の好みで手は加えられてきたが江戸時代の姿を今に伝えている。
 入口で観光ボランティアの女性が、「如何ですか」と声をかけてくれたのでお願いした。
 正面を入って、左手に馬場や弓場、その先に丹頂鶴の鶴舎があった。以前飼われていた鶴が絶えた折、中国の郭沫若氏から贈られたものの番いと思っていたが雌であった。これも死んでしまった後、北海道釧路市から丹頂鶴が贈られ、現在は8羽が飼われていた。

 私が勤めていた団体の副会長で、私を札幌の息子と言って可愛がってくれた阿寒町(現在は釧路市)のY・Kさんは、全国段階のものも含め50近い肩書きを担われた人であったが、名誉町民であり長年「丹頂鶴愛護会会長」でもあったのでこの鶴の寄贈にも関与されたと思う。隣県広島の「加茂鶴酒造」の社長さんとも鶴が取りもつ縁で懇意にされていたが、そのY・K会長も先年亡くなられてしまった。
 ダイヤモンド婚式に夫婦で招待下さり、定年の挨拶やその後に病を得て入院されていよいよというとき連絡があって、二人で釧路に駆けつけて手を握ったとき、確かに医療機器のデジタルが反応しての別れとなった。

 後楽園は藩主の静養と賓客の接待の場として使われたが、日を定めて藩内の人にも観覧が許されていたという回遊式庭園で、明治17年岡山県に譲渡され一般公開となった。
 中央に池が配され、庭園を見渡せる築山に登ったときガイドさんは、「ここはどのくらいの高さがあると思いますか」と質問。Fさんは即座に「6m!」、ガイドさんは驚いて「今まで当てた人は一人もいませんでした!」。まさしく6mで、流石に大学が地理学科のFさん。ガイドさんが築山の右手に「井田というものがありますが何だかお解かりですか」と言うので、つい知ったか振りをしてしまった。孟子が理想として説いた土地制度で、正方形の土地に井の字形に土地を9等分、中央の1区画を公田として、その周りにできる8区画を私田として8家族に与えられた。公田は共有地として8家族が共同耕作してそこから得た収穫を租税としたもので、周の時代の租税法の一種とされるが、実際に行われたかどうかは不明。
 以前にガイドさんが国税庁の人を案内した折この話をしたら、「そりゃそうだわな。11%の税率では低すぎる」と。
 Fさんも続けて、租税特別措置法の法人税も原則30%の他に、付随する国税・地方税が加算されるので48%になると話された。
 この後ガイドさんとも別れて岡山城に上り、駅地下の食堂街で遅めの昼食を摂ってJRで倉敷へ。倉敷国際ホテルにチェックインして、荷物を置いて倉敷の美観地区を散策。
 大原美術館前で高齢男性が声をかけてきた。公認の有料ガイドで1500円だという。面白いかなと頼むことにした。
 幕府の直轄地である「天領」として、倉敷川畔を中心に米や綿花の集積地として栄え、明治に入るとそれらを加工する工業の町として発展。町の豪商大原孝四郎によって創業された倉敷紡績所の跡地は、蔦と赤煉瓦が印象的な「倉敷アイビースクエア」として名所となっている。大原美術館は翌朝一番にと一旦ホテルに戻り、シャワーを浴びて夕食に出た。ホテル近くに予約されていた「ままかり亭」。
 ままかりとは、学名をニシン科のサッパという魚で、余りの美味しさについ飯(まま)を食べ過ぎて隣の家から飯を借りてきたためという由来。どの料理も美味しく戴いて、ホテルのFさんの部屋で二次会。スペインで買ってきたというラマンチャの赤ワインと日本酒で、またまた話に花が咲いた。
 翌日は朝一番に美術館に並んだのも、フェルメールのマウリッツハウスやゴッホのクレラミュラー美術館に一番乗りしたガイドの備さんに習って、5人がともに早朝の美術館の清清しさに共感したからだった。お目当てのエル・グレコの「受胎告知」に三度目の再会。向かいの「エル・グレコ」という喫茶店で一休みして、特急やくもで米子に向かった。

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