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『万葉集』巻二最後の挽歌…。名歌200選(59) 素浪人の『万葉集漫談』(251話I

『万葉集』巻二は相聞歌と挽歌の二部立ての巻ですが、その巻二の最後に、万葉第二期に活躍した歌人、志貴皇子が亡くなった折の、大変ドラマチックな構成で詠われた「笠金村歌集」抄出の長歌と短歌があります。

「高円山の春の野を焼く野火と思われるまで燃えるあの火は一体何の火だ?」 夜の空を焦がして延々とつづく葬儀の列を見た第三者(歌の作者自身としての発言としてではなく)のいぶかる質問に、 白栲の衣(葬儀の浄衣)を着た参列者の一人が 「どうしてみだりにそんな質問をするのだ! そんな声をかけられるとまた新たな涙が出て止まらなくなるではないか。語るとまた心が痛む。 …あれはねぇ、あれは天皇という神の御子があの世にお立ちになる、野辺送りの手火(松明・タイマツなど手に持つ火)が、夥しいまでに、ああして燃えているんだよ」と答える。という筋書きで成る、素晴らしい長歌(巻2・230)です。 

笠金村(カサノカナムラ)は万葉第三期(710〜733年)に活躍する歌人ですが、この歌は彼の初期の歌と思われています。では、続く短歌を見てみましょう。

(251) 高円(タカマト)の 野辺の秋萩 いたづらに
          咲きか散るらむ 見る人なしに
           巻2・231 笠金村歌集(カサノカナムラカシュウ) 
大意・ 高円山の野辺に咲く秋萩は主の亡い今も空しく咲いては散っているのであろうか。もう、観てくださる主も居ないというのに。

(251’) 三笠山(ミカサヤマ) 野辺行く道は こきだくも
          繁(シゲ)く荒れたるか 久にあらなくに
            巻2・232 笠金村歌集
大意・ 三笠山の野辺を行く宮道は、草が生い茂るし、どうしてこんなにもひどく荒れすさんでしまったのだろうか。まだ志貴皇子が亡くなってそんなに長い年月を経たわけでもあるまいに。

解説・ 志貴皇子は天智天皇の皇子であり、弟の天武天皇が天下をとった天武・持統時代では政権の中枢に座ることはありませんでした。この『万葉集漫談』でもすでに何度か登場されているように、気品のある、物静かな歌風で名歌を『万葉集』に6首残されました。    

・ 采女の袖吹きかへす明日香風都を遠みいたづらに吹く 巻1・31
・ 葦辺行く鴨の羽がひに霜降りて寒き夕へは大和し思ほゆ  ・64
                                       など。
時を経て、天武系の天皇が続いたあと天智系の天皇に戻る時の最初の光仁天皇は、いみじくもこの志貴皇子の皇子でした。また一説には、女帝と悪名を流したあの道鏡も志貴皇子の子供だと言いますが、さて? 歴史の展開は万葉時代のロマンを色々と大きく繰り広げてくれます。
現在の白毫寺は志貴皇子の邸宅跡と言われ、高円山の高みにあります。

カテゴリ:ニュース・その他

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