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よくあるご質問

「追いつけ、追い越せ」の世情を超えて、歌われた歌。…名歌200選(60) 素浪人の『万葉集漫談』(252話)

「追いつけ!追い越せ!」は、先進欧米諸国をの文化や生活をにらんだ明治維新政府の大きなスローガン。富国強兵も、そのひとつでした。
万葉時代も、隋、唐という途方もなく大きな先進国への憧憬が、天皇を中心とした貴族、学者、僧侶達の間に髣髴と生れ、血を騒がせたようです。
しかし天武・持統朝では、遣唐使派遣を中止して律令体制の整備強化を徹底しました。万葉2期(672年・壬申の乱→709年・平城京遷都前)でも、遣唐使の再開(第7次)は42代文武天皇時代になって、藤原鎌足の二男、藤原不比人の台頭になってからのものでした。

こうした緊張の張り詰めた厳しい国内情勢が久しく続くと兎角、おどけた、茶目っ気たっぷりの歌や催事が持て囃されるものですが、万葉第2期の歌人として柿本人麻呂や、高市黒人とともに、忘れてはならぬ機智に富む歌人、長忌寸意吉麿(ナガノイミキオキマロ)を紹介してみたいと思います。

(252) 大宮の 内まで聞こゆ 網引(アビキ)きすと
        網子(アゴ)ととのふる 海人(アマ)の呼び声
           巻3・238 長忌寸意吉麿(ナガノイミキオキマロ)
大意・ (天皇のいらっしゃるこの)御殿の中まで、網引きをするための網を調えようと、(大声で音頭をとる)漁師のその大きな声が聞えてきます。
解説・ 持統上皇が699年(文武2)に難波皇宮へ行幸された時、大阪港の浜辺の賑わいを見て詠ったものです。アビキ、アゴ、アマと下3句の頭韻を揃えて臨場感を再現しました。潮の香までが匂って来るうようですね。

(252’) 苦しくも 降りくる雨か 三輪の崎
           狭野の渡りに 家もあらなくに
         巻3・265 長忌寸意吉麿(ナガノイミキオキマロ) 
大意・ 困ったことに雨が降り出したなぁ、三輪の崎の佐野の渡しには、宿る家も無いというのに。

長忌寸意吉麿にはこうした優れた歌と同時に、与えられた課題をその場で詠む即興歌の名人でもあったのです。
・  さし鍋に 湯沸かせ子供 櫟津(イチヒツ)の
       檜橋(ヒバシ)より来む 狐に浴むさむ(巻16・3824)
・  食薦(スゴモ)敷き 青菜煮て来む 梁に行(ムカ)
      謄(バカマ)懸けて 休めこの君(巻16・3825)
この歌は巻16の歌ですし、日記も長くなりましたので万葉歌にも、こうした側面があることのみを紹介し、歌意、歌の背景は折を見てまた触れたいと思います。

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