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礼拝メモ

「永遠のいのちをもつ」
  ヨハネの福音書3章16節
  説教者:朝比奈 悦也師
◆今朝は、召天者記念礼拝であると共に、ペンテコステの記念日でもある。使徒の働きに、今から二千年ほど前に弟子達が集まって祈っているとき聖霊が降り、彼らの内に宿ったとの出来事が記されている。弟子達はこの経験をもとに、聖霊に力付けられながら全世界にキリストの救いの教えを宣べ伝えた。この朝は、17節に「世がすくわれるため」ともあるが、キリストの救いとはどのようなものかを学ぶ。
①罪からの救い、を意味する
罪とは、刑法で裁かれる重い罪もあれば、裁かれはしないが悪しきこと(嘘、ごまかし、裏切り、不道徳、憎しみ、妬み、陰口、冷淡、暴食等々)も罪であり、その罪には三重の深刻さがあることを聖書は示している。1、「罪からくる報酬は死です」罪は人を不幸にする。決して軽視してはならない問題。2、罪は他人事ではない。自身の深刻な問題である。3、自分では罪の解決はできない。罪の奴隷となっている。神様はこの深刻な罪から私たちを救い出してくださる、これがキリスト教の救いである
②神の子とされる特権が、が与えられるということ。
12節「この方を受入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとされる特権をお与えになった」。神様の子どもとされるということは、神様の祝福のもとで生活することである大きな問題に直面し、八方ふさがりのような中にあっても、神様に祈り、聖書のおことばを通して解決の道を示していただけ、問題の中で神様の祝福、守り、教え、導きがあるから幸いだと、心から頷ける人生。これが神の子どもとされるという救いの内容である。
③永遠のいのちを持つ、ということ。
死に対して、この世の一切のしがらみから解放され、神様の御国に迎え入れられ、永遠の報いを頂戴し、神様のもとで憩うことができることを意味する。イエス・キリストを信じた人には、死の現実は悲しみや不安の対象ではなく、天国への希望をもって、平安のうちに感謝しながら受け止めることができる。ではどうすればこのような生涯を送ることができるのか。15節「信じる者がみな」とあるとうり、キリストを信じることによってこの救いを経験できる。本日記念会を持たせていただいた方々はこの罪から救いを得、永遠のいのちをいただかれた。私たちもその足跡にならって幸いな生涯を歩ませていただきたい。

カテゴリ:ニュース・その他

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