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よくあるご質問

秋篠寺にて

早朝の新幹線で東京を発ち、京都から近鉄線を乗り継いで、国のまほろば・奈良へ来ている。昨年より二週間ほど遅れての訪問だが、予想外の寒さに驚いた。

先ずは「大和西大寺」へ降り立ち、ここから「歴史の道」を辿って秋篠寺を訪れた。
長い年月を経て、ようやく伎芸天にお会いして来たのだ。
遠い昔にその存在を知り、人生の折節に思い出していた意中の天女さま、伎芸天。

二十代の私は、作家・立原正秋に淡い恋心さえ抱くほどの熱い読者だった。
その作家は「秋篠寺の伎芸天」に心奪われて、若い日々には何度も秋篠寺へ通いつめたのだと言う。
以来、私は伎芸天に密かなジェラシーを抱き、いつかきっと会いに行くだろうと、心の奥に蔵してきたというわけだった

「色っぽいだろう?
色っぽさの中に天平末期の幽愁を秘めている」
立原正秋はこのように観賞したが、素直に共感するには、私のジェラシーは歳月の中にまだ昇華しきれていないのかも知れない。

..... というのは実は詭弁で、あの頃とは違い、今の私は立原正秋の鋭利な刃物のような男性は、好みではない。
ただ、無理にもそんな理由を仕立て上げて、浅春の佐保路をそぞろ歩いてみたかっただけなのだ。

この天女さまは、そのしなやかな指の表情や婀娜っぽい佇まいで、あまたの男性を虜にしてきた。
書家の榊莫山も、そのお一人だった。
莫山先生は、自ら描いた伎芸天をアトリエの壁に掛けて、「ミス・天女」と称しては日がな一日眺めて過ごされていたという。

また、歌人の川田順も伎芸天の虜となったお一人だった。歌集『伎芸天』は読んでいないが、彼がこの天女さまに陶酔したお一人であることは、榊莫山先生のご著書で知っていた。
秋篠寺の境内には、天女への想いを吐露した歌碑さえ建っている。

【諸々のみ仏の中の伎芸天 何のえにしぞわれを見たまふ】

確かに手放しの心酔ぶりには違いないが、女性の私から見れば伎芸天には寧ろ、女の魅力というよりも“母”のような大らかさを感じる。
全体にふくよかなフォルム、柔和な表情などは、正に割烹着の似合いそうな“母”そのものではないか。
尤も、大方の男性が女性に求めるものは、すべてを赦し大らかに包み込んでくれる“母性”そのものなのかも知れないが。

浅春の佐保路は、いにしえを幻視できるほど詩情の起伏に富む情景とは言えず、私は住宅街で何度も道に迷い、迷うことを愉しみながらもようやく大和西大寺駅へと帰着して、駅前のカフェで軽食を摂りながらこれをしたためている。

これから「平城宮跡」辺りを少し歩いて、その後は奈良駅前のホテルに旅装を解き、そして今夜は東大寺二月堂にて執り行われる『修二会』の最終日に出かける予定である。

カテゴリ:旅行・お出かけ

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