趣味でつながる、仲間ができる、大人世代のSNS、趣味人倶楽部(しゅみーとくらぶ)

よくあるご質問

コロナウィルス対策 安倍の休校要請

 小中高その他の学校の休校を要請したのは、英断だったと言える。北海道の知事の休校宣言のパクリであると思うが、集団感染を阻止する手立てとしては、教師―生徒の感染を阻止する措置は、必要だったと言える。
 
 ただ、その決定に当たっては、今井補佐官とその他少人数で、短時間で決定したらしいことが、後で分かってきた。休校に伴う予算措置については、安倍が何とかする、と言って押し切ったとか。英断ではあるが、同時に、スタンドプレーのようで、支持率低落の挽回として、起死回生の一手を打ったといった感じも受ける。本来ならば、短時間でも良いから、国会で、論議すべきことだったのではないか…。国民の合意なく、一方的な要請(命令)であったところが、後々の禍根を産むことになるようにも思える。また、関係職員のつじつま合わせが起き、「答弁を控えさせていただきます」が、起きてくるような…。

しかし、とにかく、コロナウィルスの蔓延するような事態を打開するためには、感染する場面・そのような空間を、国民の総意と協力で、減少させねばならないのは事実だと思う。

 気になるのは、地方自治体で、休校要請の受け入れにばらつきがみられるということである。未だ、コロナウィルスの患者が発生していない地域では、従来通り授業を続けて、何も問題は無いのではないか、と考える向きもあるのだろう。しかし、休校実施は、まちまちでは、感染は防げない。「おらが町では大丈夫」といった過信は、第2次、第3次感染の温床ともなりかねない発想なのだと思う。

だが、よくよく考えてみると、やはり、安倍は、計画性に欠ける。小学生を預けて、出勤しなければならないという共稼ぎの親の立場を、考慮していなかったと言わざるをえない。会社人間として毒されている日本の弱い労働者は、出勤するのに、小学生を家に置いて行って、心配でどうしたらよいか分からないと、困ったそぶりを見せている。
「会社なんか休んでしまえば…」と言いたいが…。会社側は、「欠勤は、解雇する」と脅している、という。だから、親は、子供を自宅に置いてでも、出勤しなければならないと考えてしまう。つまり、安倍は、弱者へのしわ寄せを等閑視しているにすぎない。

 学校関係を休校にするなら、連動して、企業の休業を要請すべきだったのではないか。企業が休めば、無理な出勤はしなくて済む。そのことで、日本企業がダメージを受けようと、そんなことは、コロナウィルスが、蔓延するよりは、よほどましなことだと、そろばんをはじけばよいのである。企業は、現状通り維持するが、労働者は、何とか局難を凌いでくれという言い方は、結局、大企業の代表としての、安倍の考え方でしかない。何が、国民の健康だ!本当に国民のことを思うなら、大企業の生産をストップし、大企業の営業活動を中止すればよいではないか。そのことで、何千億かの損失が想定されたとしても、数年後には、回復することが可能だろう。

恐らく、安倍の最も恐れたのは、オリンピックの中止ということだろう。5月までに、コロナウィルスが、下火にならなければ、オリンピックは、その準備の面から、中止せざるを得ないだろう。風邪が蔓延して、死者を出す可能性のある競技場に、外国人が、オリンピック競技観戦にやってくるとは考えられない。そうすれば、今まで注ぎ込んだ何兆円にも上る国家予算や自治体の予算が空中分解する。

 安倍は、それを恐れたのだろう。そのためなら、学校関係の休校は、安いものと考えたのだと思う。しかし、抜け穴も沢山見受けられる。急遽、決定したことなので、塾の営業、および、それに付随する関連企業については、触れられていない。塾は、ここぞとばかりに、営業の論理を最大限生かして、感染者が出ようが出まいが、3月学習の総まとめの時期と銘打って、生徒たちを集めにかかるかもしれない。都市と地方の格差は、一層拡大すると塾のあまり無い地方の親は、心配するかもしれない。「また身の丈ほどの…」発言が出てくるか。

コロナウィルスの全国的広がりを見て、トイレットペーパーやティッシュなどの買い込みがすでに始まっている。オイルショックで、経験のある主婦たちは、あわてて、爆買いに走っているのである。それは、庶民の知恵であり、庶民の不安に、便乗して、利得を上げようとするせこい業者も、跋扈している。どこの国でも同じ事だが、恐怖心を煽り、人の弱みに付け込んで、利益を上げようとする者は、いるものだ。買い占めた業者などは、2倍の罰則を科する等のことをやったらよい。一種の非常事態だと言わねばならないだろう。

しかし、非常事態だからといって、安倍がアレコレの政令を乱発するようになれば、独裁権の行使を認めてしまうことにもなりかねない。安倍は、これぞとばかり、反対する者は、非国民・国賊、呼ばわりをしかねない人間である。国会が、立法の府であることを今こそ、発揮し、野党は、国会論議をさらに深め、拡大するようにしなければならない。閣議決定で、すべてが通っていくような政治の仕組みは、民主主義とは無関係であり、断じて許してはいけない。

コロナウィルスの流行は、安倍にとって、予想外の事態ではあったが、北のミサイルと同様、「モリカケ問題」や「桜を見る会」の論議を押し隠し、非常事態だとして、安倍が活躍する場面を提供する結果となっているのかもしれない。安倍は、深い考えのもとに、政策を推進するのではなく、自分のスタンドプレーのために利用し、テレビ出演を最大限利用し、活躍する首相として国民に印象付けた後、総選挙に打って出る考えを持っているのだろう。
安倍は、コロナウィルスを、千載一遇の好機と考え、これを最大限利用することに腐心するだろう。私たちは、この“嘘つき安倍”の政策を見破り、国民全体に安全と健康な施策を実施させるべく、今以上に警戒の目を光らせ、杜撰な政策の綻びと抜け穴を、監視し、改善の方策を提言し、実施させていかねばならない。

今声高に叫ばねばならないことは、集団感染の恐れのある大きなイベント・行事・行楽地・遊園地などの公共施設の公演や講演会などの休演要請や、中止や延期とともに、大企業の生産停止、営業停止、小中高等学校関係の休校と、塾関係の活動禁止を呼びかけることだろう。少なくとも、3月20日までは、それが必要と考えられる(学校に合わせる)。中国の武漢の外出禁止令は、遅すぎたかもしれないのだから…。

3月学校が休校になれば、子供は、ゆっくり考える時間が与えられることになるだろうし、家庭の対話も進むだろう。休暇・休校、停止、中止は、逆に、急ぎ過ぎた生活をしている国民に取り、生活の見直しと再建への手立てを考えさせる機会になるかもしれない。
悪いことばかりではない!イスラム教徒のラマダンも、一種禁欲的生活を送ることで、日常の食生活への見直しの機会としている。それに似て、走り続けてきた日本が、しばらく、立ち止まって見るのも良い事なのではないかと思う。今、庶民の協力と落ち着いた考え方が、必要な時期だと思う。そして、民主主義もまた、瀬戸際にあると見なければならないだろう。

カテゴリ:ニュース・その他

コメント