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大人の休日倶楽部パスの思い出

2013年 7月7日から11日までの5日間、JR東日本の「大人の休日倶楽部パス」を利用しコミュ仲間,計5人で日本300名山の一つ、北海道オプタテシケ山(2012m)を登って来ました。

7日、朝5時前に自宅を出て大宮駅から東北新幹線等を利用し13時間。

夕方、着いた所は北の大地、大雪連峰が望める美瑛の駅です。

 駅前で8人用レンタカーを借用し、登山口の白金温泉の宿に向かう。
 この宿、銀瑛荘は素泊り専用で料金は低廉ですが寝具や温泉は清潔そのもの。
  食事は自炊となるため食材は持ち込みとなる。

8日 宿を5時30分に出て登山口へ。
お天気は晴れ、6時前から一路、美瑛避難小屋を目指し登頂開始する。
 このルートは3年前にオプタテシケ山登山を目指した時、天候の悪化により登頂を断念し、無念の下山をした思い出のルート

  一人ひとりの背中の重さは寝袋や水3リットル、食糧4食分、ガスコンロ、雨具や防寒具、アイゼン等を含めると15キロ近い重さになる。
  特に同行したくまさんのザックから次から次とお菓子や飲み物が出てくるので、つけた呼び名は「動くスーパーマーケット」です(笑)

 アイゼンを着装し、幾度かの雪渓を滑落や転倒に注意し横切り、高度を稼ぐと次第に展望が開けて来て美瑛富士や石垣山、更には美瑛岳の姿も現れる。
 10時過ぎ、登山口から約4時間で美瑛避難小屋
 ここで、小休憩。
 この日の予定は美瑛富士岳を往復し、この小屋に宿泊する予定でしたが、天候の安定している今日のうちにオプタテシケ山を往復する事にして11時、目的のオプタテシケ山に向かう。

 石垣山、ベベツ岳等幾つかのピークを超え、快適な尾根歩きを楽しむ。
 足元には沢山の高山植物が短い夏を謳歌している。
14時 オプタテシケ山頂到達

 山頂からは旭岳、トムラウシ、二ペソツ山、十勝岳、幌尻岳を展望する事が出来た。

 山頂での眺めを楽しんだ後は、約3時間後で避難小屋に着く。
 この日の行動時間、雪や岩場の通過も含め約12時間。仲間はかなりの体力を使ったはずであるが、バテた人は無く、翌日の登山に備え就寝する。
 この避難小屋の周囲は雪が残り、朝方の気温は零度近くまで下がりますので、皆さんに重ね着やホカロン等を着けるよう声を掛けました。

 9日5時、行動開始し、昨日、オプタテシケから眺めた美瑛富士を目指したが30分後、目の前に立ちはだかる雪渓の壁に進路を阻まれ,やむなく登頂を諦め、下山とする。
 昨日、登って来たルートを戻ったが踏み後はすっかり消え、ガスと雨に変わり雨具を着けての下山。
 山菜のネマガリダケがいくらでも採れる。
コシアブラやヤマウドの若芽も。
 山菜採りを楽しみながらの下山であった。
 
 この日の宿も同行者の総意で1昨日泊った銀瑛荘に予約を取る。
 夕食のテーブルには採って来た山菜の天ぷらが並んだ。

10日 この日は予め予備日としてあったが、山登りも順調に終わったため、美瑛から富良野への観光の旅とした。
富田ファームのラベンダー等の花を見た後、車を走らせ 富良野市麓郷の森に向かう。
 ここは1981年当時の「北の国から」ロケで使われた丸太小屋を中心に、森の写真館や彩の大地館。森の喫茶室などが森の中に点在し、最も歴史ある「北の国から」のスポットです。

 この後は、菅野ファームにも行き、ラベンダー等の鉢ものの花をお土産とした。

 夕方、美瑛の街に戻り、レンタカーを返却した後は再び、鉄路の旅に戻り、旭川駅経由で札幌の街に移動し、駅前の観光案内所の紹介で市内の純日本的な宿に入りました。
 この宿、歴史ある宿ですが料金は低廉で清潔、従業員の接待も親切丁寧、お薦めの宿です。

11日 いよいよ最終日。
  朝8時過ぎに宿を発ち、札幌駅から特急に乗り函館に移動、市内観光や昼食を済ませ、スーパー特急はくちょうで新青森、さらに乗り換え新幹線はやぶさで帰宅の途に着きました。

 終わりになりましたが、深田100名山のうち99座は既に登頂していました。
 最後の1座は私の特に思い入れのあるこのオプタテシケを入れて「私の100名山」としました。
 往復新幹線利用の5日間の旅、雄大な北の大地を車窓からゆったりと楽しむことが出来ました。
 またお財布にも優しいですね。

 ご一緒戴いた仲間に感謝いたします。

カテゴリ:スポーツ・アウトドア・レジャー

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