ひとつ話してみよう ~閉店間際~

いつもの道は、安全だけど、たまに、それはやめとこうと思う時がある。 近道が好きだけど、今日は、ちょっと遠回りでもいいかって、思う時もある。
忘れるくらいずっと前、そんな気分になった秋があった。
俺の住んでる港町の、波止場近くの裏道に、その店がある。
多分、今でも、あると思う。
あの日から、一度も行ってないので、確かなことはわからないが。
飲みたいわけじゃなかったけど、まっすぐ帰るには、惜しいような月夜だったのだ。
『すいません、もう、閉める時間なんですけど』
扉を押した俺を見て、カウンターの向こうの彼女は、言った。
『もう、そんな時間なんだ。また、来る』