ひとつ話してみよう ~歌手ごっこ~

なりたいものになれなくて、がくっとくるのは、いつものことだ、俺にとって。 もう、どこまでも遠いことだと、今は、思っている。
後悔の川は、まだ、俺の心の中で、流れている。
それぐらいは、いいよなって、この石橋の下の川面を見つめてつぶやく。
俺の住んでる石橋だらけのこの街に、ずいぶんと前、歌手くずれのある女が、いた。 そう、もういないけど。
『お兄さん、歌手ごっこしない?』
『なんだよ、それ』
『あたしが一番歌うから、お兄さん、後続けて』
雲に隠れた月が、時々、ふたりを覗いていた。 多分、俺も歌いたかったのだ。
今夜は、月の歌でも、歌ってみるか。

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