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よくあるご質問

深まりゆく秋のなかで

桂の黄葉が色濃くなってきた。
中国故事を由来とする概念だが、秋の月がとりわけ美しいのは、月の中に生えている桂の大樹が照り映えているから、なのだとか。

セイタカアワダチソウの穂先も黄色く色づいてきた。繁茂力が強く、嫌われものの帰化植物だが、これを見ると必ず思い出す叙情的な思い出があり、私には好きな植物の一つとなっている。

お気に入りさんの日記に触発されて、今朝、不意に思い出したことがあった。
思い出したことをきっかけに、今朝は一つの想念に浸りながら歩いた。
想念に浸りながらも、道端の花々に目を留め、足を止めては、深まりゆく秋を楽しんだ。

ファン・リモン・ヒメネスの『プラテーロとぼく』という本がある。思い出したのはこの本のこと。そして同名のレコードのこと。

私が読んだのは、岩波少年文庫だった。
もう遠い昔のことなので、当然ながら手元には無い。その内容も、“イメージ”としてぼんやりと覚えているに過ぎない。

スペイン・アンダルシア地方の小さな村モゲール。
長い睫毛がかわいいロバのプラテーロ。
「ねえ、プラテーロ」と優しくロバに話しかける詩人。2人はどこへ行くのも一緒である。

その後、20代半ばごろだろうか、私は銀座の中古レコード屋さんで『プラテーロと私』というLP レコードを見つけたのだ。
そのときは、とても嬉しくて迷わずに購入した。アンドレス・セゴビアによるギター組曲だった。

だが、時代の趨勢のなかでそのレコードもまた、どこかへと消えて行った。
みんなみんな、私の人生と温かく深く交差しては、ひっそりとどこかへ消えて行った。

実際には、処分した場面も鮮明に覚えているが、処分したものはまるで、羽が生えてまた次の誰かを癒すために私の元を飛び去ったような、そんなイメージがある。

そして、飛び去って行ったものたちはすべて、私の記憶の襞にしっかりと織り込まれたのだが、こうして何かのきっかけで不意に姿を現しては、また懐かしく愛しくあの頃を思い出させるのだ。

ヒメネスは、76才で亡くなる2年前に「ノーベル文学賞」を受賞している。
私は『プラテーロとぼく』以外の作品を知らないが、この作品を読んでいた頃の、温かで穏やかで、平和に満ちていた私自身の人生のことを、懐かしく思い出している。

※3枚目の写真のみ、ネットから拝借しました。

カテゴリ:日常・住まい

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