母のこと③ 母に伝えられなかった言葉
2度目に入院していた母から「生きている意味あるのかな」とメールが届いたことがあった なんて返していいか悩んだ末に「生きている意味あるよ。元気になってまた遊びに来るの待ってるからね」と返信したように思う 母から「また行けるかな」と返事が来たことに少し安心する私がいた 本当は「もう頑張らなくていいよ」と伝えたかった でもその時の私は『頑張らなくていい=もう生きていなくてもいいよ』になる気がして、…
2度目に入院していた母から「生きている意味あるのかな」とメールが届いたことがあった なんて返していいか悩んだ末に「生きている意味あるよ。元気になってまた遊びに来るの待ってるからね」と返信したように思う 母から「また行けるかな」と返事が来たことに少し安心する私がいた 本当は「もう頑張らなくていいよ」と伝えたかった でもその時の私は『頑張らなくていい=もう生きていなくてもいいよ』になる気がして、…
秋のある日、医師と会ってきたと言う兄からFAXが届く それは『いつ何が起きてもおかしくないような容態ですよ』という内容のお知らせであった しかしそのお知らせを渡した医師は兄への説明で「今すぐどうこうってことはないと思いますよ」とも言ってくれたらしい その言葉を聞き、少し安心する 母が入院した頃はコロナで面会が制限されている時期であった 母のいた病院は<近県以外の地域から来る人の面会は居住地を出…
母が他界したのは3年前 血液のガンと闘病したのちだった ガンだと分かったのは8年ほど前になる 夏に体調が悪いと受診するも度重なる検査が繰り返され、正式な診断が下ったのは11月 その時点で既に骨髄に転移しておりステージ4との診断だった すぐに抗ガン剤治療が始まったが、珍しいタイプのガンだったらしく薬が効くかは分からないと私は医師(入院時担当医)に告げられた もしかしたら年は越せないかもしれない…
今日。 市内を回り、りんくうへ行く為に南海に乗ると。 並びに出国するであろう割腹の良いC国人の2人が大きなバッグを持って、広めにスペースを取りました。 途中の駅で乗って来た多分20前後の女子が。 まぁ、普通、に見えたんですけど、ねぇ。 座りたそうにして前に立っていたので、隣りの彼の腕を軽くノッキングし。 詰めて下さい、とジェスチャーをすると。 理解してくれて、少し狭いキチキチ位の1人分のスペ…
本日、人生3つ目の就職、仕事に就きました 年齢、時代、環境・・・ いろいろ違いますが、その都度悩み選択していくんですよね 仕事に限らず、悔いの無いように生きたいものと 思います
むずかしいテーマを楽しく拝見しました。入選作を紹介します。 一席 悔いはないといい切る友が飲む紅茶レモンに匙を押しつけながら 西宮市 甲斐直子さん ※強がっている友を見つめる眼差しのやさしさ 二席 いつのまに失くしてる傘みずいろの時間をくるり畳んであった 横浜市 北入はるかさん ※憂鬱な日々をあかるく詠っている 三席 夢でだけ行ける商店街のことなんで話してしまった…
現役のころには、「人生は、かくあるべきである」とばかりに偉そうに語っておりましたよ。なんにもわかっちゃいないくせにね。
娘が小さい頃、夢を壊したくなくてサンタさんが居るってことを信じ込ませすぎたことチョット反省してる。ある年は旦那がサンタコスしてベランダから登場しプレゼント渡す。ある年は遊園地のイベントでね、前もってプレゼント預けておくとね、指定した時間、場所に行けばサンタさんがソリでやってきて名前呼んでくれてプレゼント渡してくれるという企画に参加したのよ。まあ、娘は感激してたね...クリスマスカードも英文で書い…