『万葉集』を訓(よ)む(その二千九十九)
今回は、一七三二番歌を訓む。題詞に「碁師歌二首」とあり、本歌と次歌(一七三三番歌)の二首は、「碁師(ごし)の歌(うた)」である。「碁師(ごし)」について、阿蘇『萬葉集全歌講義』が詳しく注しているので引用しておく。 碁師 伝壬生隆祐本・紀州本に基師、藍紙本・類聚古集・西本願寺本ほかは碁師。今、多くは碁師をとり、碁檀越(ごのだんをち)(4・五〇〇歌の作者)と同一人とする説や碁氏出身の法師かとす…
今回は、一七三二番歌を訓む。題詞に「碁師歌二首」とあり、本歌と次歌(一七三三番歌)の二首は、「碁師(ごし)の歌(うた)」である。「碁師(ごし)」について、阿蘇『萬葉集全歌講義』が詳しく注しているので引用しておく。 碁師 伝壬生隆祐本・紀州本に基師、藍紙本・類聚古集・西本願寺本ほかは碁師。今、多くは碁師をとり、碁檀越(ごのだんをち)(4・五〇〇歌の作者)と同一人とする説や碁氏出身の法師かとす…
今回は、一七三一番歌を訓む。本歌は「宇合卿歌三首」の三首目。 写本の異同は、三句二字目<麻>。『西本願寺本』以降の諸本に「靡」とあるが、『藍紙本』『伝壬生隆祐筆本』『類聚古集』に「麻」とあるのを採る。原文は次の通り。 山科乃 石田社尓 布<麻>越者 蓋吾妹尓 直相鴨 一句「山科乃」は「山科(やましな)の」と訓む。この句は、前歌(一七三〇番歌)一句「山品之」と表記は異なるが同句…
今回は、一七三〇番歌を訓む。本歌は「宇合卿歌三首」の二首目。 写本に異同はなく、原文は次の通り。 山品之 石田乃小野之 母蘇原 見乍哉公之 山道越良武 一句「山品之」は「山品(やましな)[山科]の」と訓む。「山品」は、地名「やましな[山科]」。「之」は漢文の助字で、連体助詞「の」。『日本国語大辞典』に「やましな【山科】 京都市の行政区の一つ。市の南東部、山科盆地の北半部にあ…
今回は、一七二九番歌を訓む。題詞に「宇合卿歌三首」とあり、本歌〜一七三一番歌の三首は「宇合卿(うまかいのまへつきみ)の歌(うた)」である。「宇合卿」について、阿蘇『萬葉集全歌講義』は次のように注している。 宇合卿 藤原不比等の第三子。母は蘇我武羅自古の女娼子。式家の祖。本名、馬養。霊亀二年(七一六)八月、遣唐副使、同月、正六位下から従五位下に。養老三年(七一九)正月、正五位上。同年七月、常…
今回は、一七二八番歌を訓む。題詞に「石川卿歌一首」とあり、本歌は「石川卿(いしかはのまへつきみ)の歌(うた)」である。「石川卿」について、金子『萬葉集全注』は次のように注している。 ○石川卿 石川卿は石川年足か(古義)、石川宮麻呂(注釈)かと考えられる。年足は19・四二七四に作がある。天平七年(七三五)従五位下、天平宝字六年(七六二)、御史大夫正三位兼文部卿神祇伯で薨。時に七五歳とある(続…
今回は、一七二七番歌を訓む。題詞に「和歌一首」とあり、本歌は前歌(一七二六番歌に「和(こた)ふる歌(うた)」である。 写本の異同は、五句の一字目<妾>。この字、『細川本』『大矢本』と版本に「妻」とあるが、その他の諸本いずれも「妾」とあるので、これを採る。なお、五句の原文とその訓については、誤字・脱字説を含めて諸説があるなかで、井上『萬葉集新考』に「妾名者不教の誤としてワガ名ハノラジとよむべし…
今回は、一七二六番歌を訓む。題詞に「丹比真人歌一首」とあり、本歌は「丹比真人(たぢひのまひと)の歌(うた)」である。「丹比真人(たぢひのまひと)」について、金井『萬葉集全注』は次のように注している。 ○丹比真人 名を欠くので誰とも知られない。天武紀十三年(六八四)十月に丹比公(きみ)が真人の姓(かばね)を賜わったことが書紀に見える。万葉集には、丹比真人を名告る歌人が、乙麻呂、国人、屋主とあ…
今回は、一七二五番歌を訓む。題詞に「麻呂歌一首」とあり、本歌は「麻呂(まろ)の歌(うた)」である。「麻呂(まろ)」について、金井『萬葉集全注』は次のように注している。 ○麻呂 未詳。左注にこの歌以前を人麻呂歌集の歌とするので、「麻呂」は人麻呂とする説が多い(私注、全註釈、窪田評釈など)。しかし人麻呂ならば「人麻呂」と記し「麻呂」とは記さないだろう。「麻呂」という固有名詞は、この時代に多いか…
今回は、一七二四番歌を訓む。題詞に「嶋足歌一首」とあり、本歌は「嶋足(しまたり)の歌(うた)」である。阿蘇『萬葉集全歌講義』に「島足 氏姓不明。伝不明。歌はこの一首のみ。」とある。 写本に異同はなく、原文は次の通り。 欲見 来之久毛知久 吉野川 音清左 見二友敷 一句「欲見」は「見(み)まく欲(ほ)り」と訓む。この句は、一三九一番歌三句他と同句。「欲」はラ行四段活用の…
今回は、一七二三番歌を訓む。題詞に「絹歌一首」とあり、本歌は「絹(きぬ)の歌(うた)」である。「絹(きぬ)」は人名であることは間違いないが不明。阿蘇『萬葉集全歌講義』は次のように注している。 絹 絹の名は一見女性的だが、娘子とも、「……売(め)」ともなく、遊行女婦ともないところから見て、男子の通称であろう。全註釈に「絹麻呂とでもいう人だろう」とする。憶良が自分のことを良といった例(15・三…
今回は、一七二二番歌を訓む。本歌は「元仁歌三首」の三首目。 写本の異同は、五句三字目<真>。『西本願寺本』他に「莫」とあるが、『伝壬生隆祐筆本』『類聚古集』『古葉略類聚鈔』に「真」とあるのを採る。 原文は次の通り。 吉野川 河浪高見 多寸能浦乎 不視歟成嘗 戀布<真>國 一句「吉野川」は「吉野川(よしのがは)」と訓む。この句は、前歌(一七二一番歌)の三句と同句。「吉野…
今回は、一七二一番歌を訓む。本歌は「元仁歌三首」の二首目。 写本に異同はなく、原文は次の通り。 辛苦 晩去日鴨 吉野川 清河原乎 雖見不飽君 一句「辛苦」は「辛苦(くる)しくも」と訓む。この句は、二六五番歌一句「苦毛」と表記は異なるが同句。「辛苦」は、漢語ではシンクと訓み、「つらいめにあって苦しむこと。」をいうが、ここは、「難儀である。つらい。せつない。」の意を表わす和…
今回は、一七二〇番歌を訓む。題詞に「元仁歌三首」とあり、本歌〜一七二二番歌の三首は「元仁(ぐわんにん)の歌(うた)」である。「元仁」について、金井『萬葉集全注』は次のように注している。 ○元仁 未詳。「元」は氏、「仁」は名で渡来系の人か(私注)、学者の漢風名か(全註釈)などの説があるが、僧侶名であろう。僧侶として類似の名が、元開(淡海三船)、元長、元観など、日本古代人名辞典に見える。 …
今回は、一七一九番歌を訓む。題詞に「春日蔵歌一首」とあり、本歌は「春日蔵(かすがのくら)の歌(うた)」である。「春日蔵」について、金井『萬葉集全注』は次のように注している。 ○春日蔵 春日蔵首老のことであろう。僧名弁紀(続紀)あるいは弁基(万葉)、大宝元年(七〇一)三月、還俗し、上記の氏名を賜わった。3・二九八の「弁基の歌一首」を含んで七種の作を集中に残している。和銅七年(七一四)に従五位…
今回は、一七一八番歌を訓む。題詞に「高市歌一首」とあり、本歌は「高市(たけち)の歌(うた)」である。「高市」について、阿蘇『萬葉集全歌講義』は、次のように述べている。 高市 高市黒人であろう。黒人は、巻一(三二、三三、五八、七〇)、巻三(二七〇、二八三、三〇五)に既出。旅の歌が多い。持統太上天皇の大宝元年(七〇一)六月の吉野行幸、同二年十月の三河国行幸に従駕しての歌があり、下級官人であった…
今回は、一七一七番歌を訓む。題詞に「春日歌一首」とあり、本歌は「春日(かすが)の歌(うた)」である。「春日」について、金井『萬葉集全注』は、次のように述べている。 ○春日 「春日」は後出一七一九の作者「春日蔵」と同人との説があった。しかし同人ならば僅か一首を隔てたのみで作者名表記が異なることは解し難い。また、同一人ならば二首を一括して記すと考えられる。おそらく別人であろうが、誰とも特定でき…
今回は、一七一六番歌を訓む。題詞に「山上歌一首」とあり、左注には「右一首或云歌」とある。つまり、本歌は、題詞によれば「山上(やまのうへ)の歌(うた)」であるが、左注には「川嶋皇子(かはしまのみこ)の御作歌(みうた)」とあり、題詞に「幸于紀伊國時川嶋皇子御作歌 [或云山上臣憶良作]【紀伊(きの)國(くに)に幸(いでま)しし時に川嶋皇子(かわしまのみこ)の御作歌(みうた) [或は云ふ、山上臣憶良の…
今回は、一七一五番歌を訓む。題詞に「槐本歌一首」とあり、本歌は「槐本(つきのもと)の歌(うた)」である。「槐本」については、金井『萬葉集全注』が次のように注している。 ○槐本 「槐本」は作者の氏の名であろう。次の一七一九歌までそうした略式の作者名が記されている。「槐本」の訓については、⑴ヱノモト、⑵ヱニスノモト、⑶カキノモト、⑷ツキノモトの四種がある。⑴は本草和名に「槐実」に和名恵乃美と註…