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よくあるご質問

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ペンネーム:質問者 (匿名希望)さん

「ら」抜き言葉に関して

[その他]

「見れる」 「食べれる」 等の「ら」抜き言葉を、どう思われますか?

言葉は時とともに変化するとはいえ、小生は、好きではありません。
いわゆる趣味人世代の者が使うと、知性がないようにも感じます。

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回答 30件

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

私は日本語教師で、毎日留学生に日本語を教えています。その際問題となっているのが「ら抜き」と「さ入れ」です。
日常生活に支障はないでしょうが、正しい日本語を教えておかないと、これから彼らが受けるであろう大学の試験でも面接でも困ります。
また「さ入れ」はどこかの知事が、また男性アイドルグループのリーダーも使っている「やらさせていただきます」というもの。
「やらせていただきます」の方が短くて言いやすいのに(笑)
有名人が発する言葉の影響力は大きいです。こちらの方が正しいと思ってしまう子供もいるのではないでしょうか。

これら二つは日常生活においてもよく聞く言葉なので学生には「誤用」であると説明しています。
次から次へと新しい言葉が生み出されますが、そういう言葉の方が新鮮で、彼らの耳には入りやすいようです。
友達にまで注意はしませんが、自分の子供たちにはしっかり教えています。親がきちんと教育するべきでは?
また、学校でも教師がもっと言葉の教育をするべきです。

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

私も嫌いです。
すべて文部省が悪い。
教育水準を下げてしまったのもすべて文部省のゆとり教育とやらが原因。
これに異存のある人はいないと思います。

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

言葉は時代と共に変遷するものとして、マスコミはこのような言葉使いの変化に極めて寛容であり、年末になると今年の流行語はXXと喧伝する有様ですが、TVコマーシャルで面白可笑しく流すことに賛成できません。

記憶を辿れば、三河地方には元々ら抜きが方言として存在していたようですが、「見れる」を流行らせたのは、あるブラインドメーカが佐山俊二(?)を起用したコマーシャル「見える?見れる?」や、中根元首相の「来れる」を威張った口調で記者に向かって「来れる」を頻発した頃から激化したと思われます。

だが、「見れる」と「見られる]と並べて見れば、日本語として前者の粗雑さはぬぐいきれるものではありません。面白可笑しさを最上とするコマーシャルによって影響されるのは、未だ言語感覚が磨かれていない若者です。コマーシャル主、これにおもねるマスコミは反省すべきでしょう。

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

一段動詞か五段動詞と関係なく「ら」抜きになると、日本語学習者に都合がいいと思います。

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

少し逸れるかと思いますが仕事柄電話応対をした際「〜さんおりますか?」とたくさんの方が仰います。「いらっしゃいますか?」とか「おられますか?」が正解だと思うのでが…。"お”をつけても敬語にも丁寧語にもならないはずなのに、半分以上の方が使います。とても気になります。

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

北海道ではほとんどの方が「ら」抜き言葉を使ってますよ。 
方言として存在している訳です。 
年寄りも若いもんも、違和感など全くなく使ってます。
ほら「い」抜き言葉も使ってしまってる・・・。

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

ら抜き言葉について、皆さんの色々なご意見を拝見して居て、私も一言書き込みをしたくなりました。

書き込む欄を間違えたようですので、そちらを取り消して、改めてこちらに記入します。

よく、言葉は時代とともに変わる、と言われていますし、その事には確かに一理或るとは思いますが・・・。

しかしこの問題は皆さんが言われる様な、受動でも能動でも、或いは可能でも無く また更に、丁寧語や尊敬語等の問題でもありません。教科書やNHKなどで使われて居る共通語の文法上の問題です。
因みに、標準語ではありません、共通語です。現在は標準語と言う言葉はありません。

新しいが、アタラシイなのかアラタシイなのかは、今となっては良く分かりませんが、少なくともら抜き言葉に関しては、どなたか書いておられるように、或る地域のお国言葉(方言と言う言い方は、私は嫌いです)だと私は思って居ます。

言葉は悪いですが、東京は人間の吹き溜まり、などと言われています。つまり、全国各地から人が集まって来て居るので、色々な地方の言葉が飛び交っているのです。
私の友人の東海地方出身の人も北陸出身の人も、家族全員が高齢者も含めて、ら抜き言葉で話して居るのを聞きました。
ですから、ら抜き言葉に違和感を感じる人は、大体、関東人(特に東京出身の人)が多いのではないでしょうか。

そう言う意味で、とっくに古希を越えた江戸っ子の私にとっては、ら抜き言葉には非常に違和感があります。

又、飲食店などで「・・・になります」等と言われると、それこそ「それ以前は何だったんだ」とつい、ムキになりたくなります。

【ヤバイ】などは、元はと言えば、ヤクザ言葉だったでしょうし、まして女性が使うなどとはとても考えられませんでした。
その様な例は枚挙に暇がない程、現在では巷に氾濫しています。
その原因は色々考えられる(考えれる、と言えば、ら抜きですね)でしょうが、最近私はあえて気にしない事にしました。
と言うより、諦めの心境でしょうか。
今更気にしても、どうしょうもない事実として通用しているのですから。

なお、このテーマに関しては、投稿者の出身地なども添えて戴けると参考になると思いますよ。

NHKが画面下にテロップで訂正して流すのは、私も蛇足だと思います。

ついでに申し上げますと、パソコンは非常に便利な文明の利器ですが、誤変換が非常に多く、誤変換のまま送信しておいでの方も、まま見られます。自戒の念を持って追記します。

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

画面全体を見ずにいましたので見過ごし、皆様へのコメントが遅れてしまい、失礼いたしました。

ら抜き言葉は以前から方言として存在していましたが、そのこと自体は問題とするに当たらないと思いますし、言語は時と共に変遷するのは避けられないことは歴史が証明しており、強制することはできません。

しかし、今の時点で日本全国を視野に入れた標準語として適切かどうか、不快感を抱く人がここに投書されているように少なくないものである以上、NHKなどのニュース番組などのような全国視野の番組での使用はやめるべきでしょう。
(誤字訂正090524)

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

違和感ありますね。
ただ・・・昨今は正しい使い方は?と、分からなくなってしまうほどで、段々慣れていく気がして不愉快ですね〜。
耳に障っても気づかぬ振りをしていることがあります。
もちろん身近な人には申しますが・・・。

私は 『・・・させて頂く』 の言い方がとても嫌いです。

アナウンサーが アナウンサーをさせていただいている何々です。
 アナウンサーの 何々です、で良いでしょう。

旅先で、添乗員をさせて頂いている何々です。
耳が嫌がるのです・・・。

添乗員の〇〇と申します。

そのほうがスッキリです!!

バスを出発させていただきます。
信号ですから止まらせていただきます・・・では、つい笑ってしまいました。

言葉は簡潔に分かりやすく、正しく使いたいですね。

我々大人に責任の一端はありますね。
美しい日本語を使わないで過ごしてきたのかもしれません。
知らず知らずに!

大人がもっと大人として生き方の手本・言葉のお手本を示すのが良いのでしょう。

ーお手本が見つからない若い世代!!ー

よく聞く言葉です。

話が逸れてしまいましたこと、お詫び申し上げます。

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

ラ抜き言葉

例:

(終止形)  (ラ 抜き) (ラ 付き)
見る   見れる  見られる
食べる   食べれる  食べられる
出る   出れる  出られる
来る   来れる  来られる

使用割合
54.2 % ラ 付き
33.8 % ラ 抜き
10.6 % どちらでも

平成 12年度
文化庁調査

1)方言説
ラ抜き表現の多い地域  : 中国、四国、中部、北海道
ラ抜き表現の少ない地域 : 九州、関東

明治時代の文献には遠江(現静岡県)では
江戸時代から ラ 抜き言葉を使用していたと有る。
東京でも明治初期から使用され始めた。
決して若者限定の言葉では無い。

2)積極説
このケーキ食べられますか?(ラ 付き)
この文章は可能と尊敬の二つの意味を持ち得る。
このケーキ食べれますか? (ラ 無し)
可能の1個のみの意味しかもち得ない。

それなら、 ラ 抜きの方が いいじゃん?
はっきりしている。早く表現できる。

ご注意
世の中 未だラ抜き表現に抵抗感を抱く人が多数います。

私の過去の日記にその他日本語の事が記載してあります。もし一読願えれば幸甚です。

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

「食べられる」は可能をあらわし,尊敬の表現にはならないのではないでしょうか?
「食べる」の尊敬語は「召し上がる」ですので,「召し上がられる」がいいのではないでしょうか。

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

日本語は基本的に「られる」を付ける事によって可能と尊敬の両方が表現可能です。
しかし、それが また日本語をナマメカシクさせています。
有る時、誰かが「食べられる」と言った時、それが可能あるいは尊敬表現か どちらだか、判別出来なくなる時も有ります。
ですから、私達は尊敬表現の時は「お食べになられた」 とか おっしゃるように、「召しあがった」と表現方法を生活の知恵的に変更しているのでは有りませんか?
決して、文法上では尊敬もO.K.だからといって 紛らわしい表現を無理して使用する必要は無いでしょう。

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

見れるは可能の助動詞
見られるは尊敬語

で会っていますか?
可能は「ら」は抜いていいんでしたっけ?
いまいちよくわかってませんm(__)m

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

私は道産子です。
実は、北海道弁としてラ抜き言葉は存在します。
北海道新聞社で出している『ほっかいどう語ーその発生と変遷ー』の92ページから数ページにわたって、説明されています。

そんなわけで、昔から使っていた身としては、“なんかな〜、しかたないべさ・・・”といった感じでしょうか(笑)
関西のイントネーションの違いを、ごく自然に受け入れて下さるなら、そうか・・・お国言葉なのね・・・・と笑って下さい♪

私は、それより「〜じゃないですか」と、どんな時にも語尾につける方がうんと気になります。

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

「ら」抜き言葉は、私も気になっています。
使う人が増えていますね。
文法的には認められてはいない様ですが、
誤りであることも知らずに使っている人が多いことにも驚かされます。
きちんとした日本語を使いたいですね。

その他、「すごい・すごく」の使い方も気になっています。
すごい美味しい、すごいたくさん・・・、スゴイ気になっています。(笑)

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

何年か前に コンビニの “mini stop” のTV-CMで
大方の品格者、碩学、識者から顰蹙を買っていたと思います。
 >> いわゆる趣味人世代の者が使うと、知性がないようにも感じます。 << 
仰せの通りです。知性がないように感じるどころか、知性が無いんです。品格も無い。山谷か鎌ヶ崎か中央公園や中の島に屯するホームレスのイメージすらします。
金田一春彦氏は、>> 言葉は時とともに変化する << と言う立場で可とされておりました。In Englishで言う、May と Can の違いを、若者らは区別し難く感じるから、次第に「ら」抜きに為って来ていると言うものです。
しかし、「食べられる」と言ったとき、can eat と言う意味なのか、謙譲の(尊敬の?) may eat なのか判然としないと言う無品格者の言い分は、単に、常日頃から may の用法に臨まず、適切に使用してこなかった罰であり、文法的に「〜られる」と、「ら」を入れて用いる学習をしてこなかった不勉強者、怠惰ナマケ者、無知蒙昧、浅学貧相、悋気吝嗇を自ら言うのであって、まさに彼らは「知性が無い」そのものなのであります。
私は、「ら」を抜くことが好きではないに止まらず、輝かしい我が国日本の未来のために、無学なる怠惰者を徹底排除すべく、実施行為こそどう在るべきか、腐心するものであります。

実施においては、一発で仕留めることが出来るくらい切れ味鋭い方法をご存知でありましたなら、是非、事務局の方へご一報下さい。(汗、苦笑、照、頭掻)

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

こういうこだわりって何も生まないと思うんです。
拘るだけ拘って、仮に元通りの姿に戻ったとしても変化無し。
新たな姿を交えてあり続ける事になったとしても、表面的なものでしかないと思うんですよね。

こういうときにこそ「ゆとり」ってものを発揮すべきなんじゃないかなと思います。
逆に少々の毒にはなりますが、「ゆとり教育」が失敗に終わったのは教える側が拘りすぎるせいかとも思いました

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

逆に質問する様ですみません。知性がないので。

この場合の「ら(れる)」は可能であることでしょうか。
「見れる」「食べれる」と表現して受動態とは思えませんので、受動態を表現する場合に「ら」抜きにする人はほとんど居ないのではないでしょうか。

「・・・の現場を見られた」
だと「可能」とも「受動」ともとれます。

区別するには合理的な気もしますが・・・。
難しいですね。やっぱり知性がないからでしょうか?
ネット上では人を傷つけないよう気をつけていますが、表現の仕方を指摘していては表現の場がなくなってしまいそうです。

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

質問の主旨とは外れるかも知れませんが、
「いわゆる趣味人世代」とは20歳以上の方を指しているのでしょうか?SNSサイトの名前が趣味人倶楽部であり、規約で20歳未満の方は入会が出来ない旨が明記されていましたので20歳以上の幅広い世代を指しているものと考えました。
gooで"趣味人世代"で検索しましたが「0件」でした。
「いわゆる」って世間一般で言われているということですよね?

質問ばかりですみません。

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

小生さん「ら抜き言葉」に反論・・・・代弁下さって本当に有難う御座います。

私事ですが、悪妻(家内?)が子供達と会話をしてる時に、やたらに「ら抜き言葉」を連発して居た事が有りました。

どうやら 子供(若者)達に「ら抜き言葉」を連呼する事で  媚を売ってる様に感じました。

小生さん、私は、近年は「ら抜き言葉」以上に気に成る事が有ります。

飲食店で、40〜50代のおばさん達が「この定食、やばく無い?」一口食べて「うん、やばいよ、これ」・・・・何の事だよ・・・・???

要するに、とても美味しいと言う意味らしいのだ。

若者たちは「あたし、彼にやばいかも」
????「これ、いくない?」???

そんな会話が、おばさんにも使われて居る事を 空しいと感じて居るのは私だけなんでしょうか?

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

私は若い人、若くない人もいるかな、「違くない」の方が気になります

違わない?、違ってない?って言うのが日本語だと思うんだけど、
いい年をしたおばさんが言っているのが余計におかしいと思うんだけど。

若い人の省略言葉を大人まで使うのは??ですね

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

モモンガさん、ご回答有難う御座います。

確かに現代は言葉が乱れていますね。

私はメディアの責任も大きいと感じて居ります。

タレントが「違くない」「このケーキやばいかも」・・・えっ、ケーキが腐ってるのかい?って思います。

毎度、話題にされるのが、レストラン店員の「コチラがハンバーグに成ります」・・・・ハンバーグの前は・・・餃子だったのかい?・・・それとも牛丼だったのかい・・・と、思いませんか?

モモンガさんは北海道ですか?

コメントが嬉しいので、マイフレンドに成って頂けませんか?

私の日記も閲覧下されば嬉しいです。

宜しくです。

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

言葉は、生きていて、時とともに変化するもの。それは小生さんもわかった上での問いかけですね。
この引用が的を射ているかはわかりませんが、独壇場(どくだんじょう)という言葉がありますよね?これを辞書で引くと、「「擅」を「壇」と書き誤って生じた語、「独擅場(どくせんじょう)」に同じ」と出てきます。独壇場で正しいと思う人が多数を占めるともはや正しい日本語として認識されるという良い例だと思います。
ら抜き言葉は、間違っているのだと主張する人がいることをみんな知っている。だけど、受け身と可能を区別するには都合の良い言い方でもある。今の若い人たちが私たちぐらいになるころには、多分正しい日本語になっているでしょうね。

ペンネーム:質問者 (匿名希望)さん

相談者
>今の若い人たちが私たちぐらいになるころには

今の若い人たちが使う分には、違和感はありません。言葉が変化しているのだと思います。

しかし、小生のような年代の者は、学生時代には、ら抜き言葉を使いませんでした。その当時、きちんと学んでいる者は、年をとった現在も使わないであろうと思います。ですので、使っている人を見聞きすると、正直言って、知性がないように感じてしまいます。

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

コメントありがとうございます。
確かに、私ぐらいの年齢以上の方が、(正しくないと言うことを)意識せずに使っているのをみると違和感を感じます。知性がないとは思いませんが、知識が足りないと思います。いろいろな知識レベルの人がいますので、その人はそういう人だと思うだけです。私は、それをあえて口に出す必要はないかなと思います。事実だとしても指摘されると不快なものです。
もしかしたら、たとえ年配の方でも若い人たちに接する機会が多く、使うことが普通になっているとすれば、その人は若い人相手ではなくても使うかもしれません。

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

私は全て「ら」抜き言葉にすべきと思います。
可能形 「食べる」→「食べられる」  「触る」→「触れる」
受身形 「食べる」→「食べられる」  「触る」→「触られる」
この違い説明できます?
なんで2種類の必要があるの。しかも、「られる」は可能を表すのか、受身を表すのか考えないといけない。
「れる」は可能、「られる」は受身又は丁寧語とすればスッキリするでしょう。はるかに、合理的で、知性的ですよ。

ペンネーム:質問者 (匿名希望)さん

相談者
>「られる」は可能を表すのか、受身を表すのか考えない

前後関係で、受け身か可能かの区別は簡単に付きますね。

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

歴史的には全ての動詞が、−られる だったのです。 「帰られる」、「走られる」・・。 ところが19世紀以降、五段活用と、サ変 の 可能形が −れる いわゆる「ら」抜き言葉に変わったのです。 「帰れる」、「走れる」。この言葉をだれも知的でない、美しくないといわないですね。
そして今、一段活用にその変化が現れてきたのです。これは言語の単純化、合理化という歴史の必然的な流れなのです。言葉の乱れや、美しさ、知的でない などと言うのは 一時的な感傷なのですよ。

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

言葉の合理性を徹底的に追求すれば、最後はエスペラントに行っちまう。結果は作者にちなんで、残念ホフのようですが。
 言語から機能性だけを取り出して、それで良しとするのであれば、ビジネス用語や学術用語を作れば宜しいのでは。

 行き着くところは、方言やローカリティの否定に繋がっちまう。桑原桑原。
 言語ってのは、文化の反映ですからねぇ。その時々の話し手、聞き手の気持ちが映し出される。
 少なくとも、小生は希少動物といわれようと、「ら抜き言葉」には嫌悪感を感じます。これが先行き絶滅するのか、メジャーになるのか、こんなものは社会現象なので、法則どおり行くとは限りません。
 社会現象が法則どおり行ったら、経済学者は大金持ちですよ。

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

言葉は時代と共に変化しています。それは誰あろうそれを使う国民が時代の要請と共に変化させてきたのです。悠久の昔から、日本語は大変な変化をしていますが、為政者が介入したのは、明治期の「標準語、当用漢字」の制定だけで、それ以降も変化していますが、まず多くの国民が使用し、その結果後追いで正式な言葉と認知されるのです。「ら」抜き言葉は、変遷の過渡期で、半分の言葉が認知され、後半分も若年層では圧倒的に使われており、いずれ認知されるのは時間の問題と思われます。私は客観的事実をのべ、その妥当性から賛成したのです。半分は良し、、後半分は駄目というのはおかしいでしょう。平安時代の「枕草子」を読むと、語の美しさ、雅、奥ゆかしさを感じます。しかし、日本人はそれを捨てたのです。「ら」抜き言葉なぞ、それから見たらちっぽけな事ですよ。

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

この御回答が「ら抜き言葉」の一義性に言及されて居ることは重要です。言葉には紛れ無しに相手に伝わるべき使命があります。即ち、「られる」では可能と受身とを考えて識別することを要します。これが互いに異なる環境に居る者の間で往々にして誤解を招きます。小生も当初は「ら抜き言葉」に稍違和感を抱きましたが、考えると上記の効用があることに思い至りました。文法も美しさも捨て難ものの、意思伝達が現代では最上位を占めるので、これは時流に取り込まれると思います。他にも聞き辛い表現が沢山あります。では別の機会に!

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

れる・られる の違いは状態の違いではなく、

「れる」は五段活用とサ行変格活用の未然形に接続し、
「られる」はそれ以外の動詞や助動詞の未然形に接続する

というのが日本語の文法です。

見る,食べる は五段活用でもサ行変格活用でもないので、
 「見られる」 「食べられる」
が正しい用法です。

来る もカ行変格活用ですから 「来られる」 が正しい用法です。 

受動的か能動的か と言うことではありません。

ただ、大多数の人が 「見れる」「食べれる」 と使うようになれば、 “昔はこう言う使い方だった。” と言うようになるのだろうと思います。

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

確か、義務教育で習うのでしたね。。。
記憶が定かでありませんが・・・、上1段活用とか、下1段活用とか?

時代につれて、言葉は変わっていくのですね。。。
それゆえ、どこの言葉にも「古語」というものが存在するのでしょう。

たとえば、「新しい」は、
明治初期には、「アラタシイ」と読んでいたそうです。
確かに、〔新たに〕は、「アラタニ」と読みますから、こちらが、正しいといえそうです。
ところが、小学校の教科書には、50代の私の頃にはすでに、「アタラシイ」と読むようになっていました。
これは、多くの人々が、間違えていたために、アタラシイ方が、慣用的ということで、採用されたとのこと。
きっと、過渡期当時の教養人は、違和感を感じられたことでしょうネ!

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

小生は「新しい」を明治時代にはまだ「あらたしい」と読んで居たことを寡聞にして知りませんでした。もっとず〜と前までだったろうと思って居りました。人名では必ず「あらた」です。実は、別に「あたら」という言葉がありましたが、語末に「しい」があるので音を入替えても「あたら」と混同しないで済んだのでは?と思います。「さざんか」は「さんざか(山咲花)」だったし、ジャガタラ船はジャカルタ船でした。地方では「からだ」を「かだら」と言う人が居ました。他にも多数の実例があります。では!

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

私も気にはなりますが、地方によってごく当たり前に「ら抜き言葉」を使われているところもあるので、知性がないとまでは言えないと思います。若者だけではなくなっていますから。
ただテレビに出てきて結構な発言をされる方が「ら抜き言葉」を使っていると、「お前もか!どこの生まれじゃ!」なんて、悪態ついてしまいます。

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

私は、仕事柄カルテを書きます。
今は、家族に求められれば、公表しなければいけないようになっているので、文章には気を遣います。
誤字はもちろん、「ら」抜けもつい書いてしまい、書き直すことも度々あります。
もうすぐ、パソコンでの記入になりますが、それはそれで大変かと・・
実際に話す時は、「ら」抜きが出ますね〜
つくづく、普段からの心がけが大事だと思います

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

新しい言葉をすべて否定するつもりはありませんが、
新しい言葉が多くの単語を包括してしまって、
細かいニュアンスの違いをないがしろにするのは
よくないことだと思います。例えば『かわいい』という言葉でも
どう見ても『可愛くない』ものまで使われていますよね。

そして、その拘りを持つことに対して、『うざい』『細かい』という
否定につながり、生活が希薄になっていくように感じます。

ただし、「見れる」「食べれる」は私もうっかり使ってしまった後
自分でも違和感を感じますが、これを使うことのデメリットが
思いつかないので、自分の好き嫌いを主張するより、
統計で今後どうなっていくのか、客観的に楽しむのが良いと
思います。

答えになっていませんね。すいません。

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

私は正しい日本語の表記や言葉遣いが出来るようになりたいと思っています。
でも、時々正しいのはどちらか迷うことがあります。
そんな自分が情けないです。

今では死語になってしまった言葉に、
素敵な言葉があるのではないかと思うと、
語彙量の少ない自分を残念に思うのです。

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

私達が、今普通に使っている日本語は大別すると、

?元々あった言葉。

?中国がルーツの漢語。

?欧米などからの外来語。・・・ですね(^_^)v

いろいろ混ざっているので気づきにくいのですけど、実はもともと日本語にはラ行が無かったんです。何故、ラ行が無かったのだろう?それは、発音しにくかったから…

日本人はどうやら、口を大きく開くのが、苦手だったのでしょうね。リンゴ、ラムネ、レタス、ラクダ、リボンなどを発音するときに、口はどうなります・・・。

江戸時代、ロシアを「おろしあ」と言いましたが、これは、ラ行の先頭に「お」つけて、口に馴染み易くしたためらしいですよ。

*―゚+.。o○*☆*○o。.+゚―**―゚+.。o○*☆*○o。.+゚―*

これは、以前に私がブログ記事でアップしたものですが、
潜在的に私達はラ行が苦手なんです。
確かに、正しく言葉は使いたい。誰しもそう有りたいと思っている筈です。

しかし、られる。られます。られるでしょう。・・・などなど、
ろれつが回らなくなりません?・・・話とタイピングは別と云われますとその通りかも知れません。
通常会話で意味なすものは、寛大な対応もと、私は思います。

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

「ら」抜き言葉だけではないと思います。国語が全体的に乱れてきています。私はこのひとつの要因として外人の流入が有ると考えております。文化の融合、異文化への理解等とかっこういい事を言いますが守ることも大事なのでは、と思います。

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

日本へ到着したての外人がよく間違える日本語

あの人は背が高い「な」人です。 (な を付ける誤り)
あの人は背が低い「な」人です。
あの人はきれい「な」人です。

あの人はハンサム「な」人です。
あの人はナウ「イ」 人です。
あの人は細「い」人です。

「い」 & 「な」 が 外国人には無秩序に日本語の間に混在しているように思えるのです。

い & な の違い

和語の後は 「い」 です。
高い、低い、 細い、 狭い、(つまり、日本古来の形容詞)

外来語の後は 「な」 です。
(重要 含む 昔輸入した中国語:例 きれい
綺麗は 外来語です。日本語と皆さんは誤解しています。)

例外 : ナウイ ( Now い)

ご理解頂ければ幸甚です。

その他
運動する。
ゴルフ する。
レコーデイング する。
レコードする とは言わない
(不思議にも日本人は英文法を無意識に理解している)

しかし
机 する。
鉛筆する。
とは 言わない。
動きのある名詞のあとなら、する と継続可能。

例外 (ナウイ 言葉)
お茶 する?

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

この使い方は 若い人に 多く見られま (ここで「見れる」と書いたらNGですよね) すね。私は 正しい 国語 を知らないのでは ないか
と 思います。話 言葉としては 市民権を得たようにも 見えるんですが ダメ ですね。

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

しぼたんさんは稍誤解されている(敬語)様に見えます。と言うのは、「見られ」が「この使い方」という主語に従って居ることが軽視された観があるからです。即ち、「見れる」と言うと「言い方」が「見ることができる」という意味になりますが、これでは意味が通りません。即ち、「使い方」が主語であるからには動詞は受身になるべきです。従って、「NG」云々の出る余地は無いと思います。如何でしょうか?

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

御意。

 小生もあの「ら抜き言葉」ってのには違和感を感じております。NHKが字幕でわざわざ訂正しておりますが、こればっかりは賛成。大いに進めていただきたいものです。
 日本語が美しいとか、格別の愛着とかを持つものではありませんが、あの「ら抜き言葉」を聞くたびに、日本語が汚されてる思いです。
 喧嘩してまで人様の使う言葉を訂正しようとは思いませんが、自分自身では使うまいと思っております。

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

私も習った通り「食べられる」「見られる」と話していますし将来も変わらないでしょう。
ら抜き言葉に関しては違和感は感じますが、”乱れている”とは思いません。

今の時代「そうろう」(候)、「なり」(也)、可(べし)、如(ごとし)、為(す・たり)などと話しますか?
言葉は”生き物”変化するもの、「食べれる」「見れる」が今の言葉なんだろうと思います。

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

まあ これは感性の問題だから、しょうがないんでしょう。言葉が変化するのは当たり前の話。でも、自分自身も参加者の一人ですから、皆がこうするから、じゃなくって、自分自身がどうしたいのかって、自分の審美眼に則って、明確な意思を持って良いんじゃないですかね。

 連帯を求めるが、孤立を恐れず ってどっかで聞いた文句だけど、聞きずらい、話ずらい「ら抜き言葉」に迎合する事は小生は出来ませんねー。

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

ジェネレーションギャップでしょうか?らぬき言葉は非常に気になります。
 ただ、国営放送がわざわざ修正してテロップを入れるのは非常に(ら抜き以上に)不快です。ら抜き言葉も含めてその人のコメントであり、一段高い所から修正しているのか?あなたは(NHKは)何様なのでしょう?

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

ら抜き言葉ならまだしも、述語抜き会話が氾濫している気がします。
今夕、日記に書き込んだところです。

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

私は少し違う見解を持っています。

例えば「見れる」の場合と「見られる」の場合ですが、
「見れる」は見ることが出来るというときに使います。
「見られる」は前者の場合と、人から見られるという場合があります。
能動的に使う場合と受動的に使う場合で違います。

「食べれる」でも同じ事で、食べることが出来るというときに使います。
一方「食べられる」は、鹿に農作物を食べられるという時にも使います。

学者ではないので文法的なことは分りませんが、あまり気にしなくても
いいのではないでしょうか。

ペンネーム:質問者 (匿名希望)さん

相談者
回答、ありがとうございます。

くまぜみさんは、
可能表現と受け身表現・自発表現の違いを、形態上明確にしたほうが良いとのお考えかと思います。

若い方に多く見られる使い方のように感じますが、地域差もあるようですね。

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

くまぜみさんへ

わたしは「ら」抜きことばは好ましくないと思います。
「食べれる」、「食べられる」、同じ可能表現だとしても、音の響きは全く違って聞こえます。
やはり美しい日本語、心地よい日本語、それは正しい日本語に通じるのではないでしょうか。
ただ知性との関わりについては少ないと思います。

ペンネーム:質問者 (匿名希望)さん

相談者
>ただ知性との関わりについては少ないと思います。

おっしゃる通りですね。
知性がないと感じた小生が、間違っていたかもしれません。

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

「らぬき言葉」がデフォルトの地域に住んでいます。
「ら」のあるなしで、日本語が正しくないといわれるのは悲しいですね、ずっと昔々からの万葉言葉?古語?が廃れず残ってきたといわれる土地なのですが。
そして「ら」のあるなしで、正しい日本語、誤った日本語、また知性のある文章、知性のない文章と一口に言われるのもどうなのかなと思います。
もちろん私は知性のない文章しか書けないので大きな声で↑と言えるわけでもありませんが、公的な文書では一応気をつけるようにしてはいます。

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

くまぜみさんへ

「なるほど〜」と思いました。そういう風に捉えることもできるんですよね。
ああ〜日本語ってむずかしいけれど・・・面白いです!

ナッシィングさんのコメントにも同感です。
人に 不快感を与えずに会話をするのは 今の時代すこし難しいですね。

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

黒こしょうせんべい大好きさんへ

これは方言でないと私は思いますよ。
たとえば「人にじろじろ見られる」と「好きな映画が見られる」とは同じ見られるでも違いますね。
前者は受身を表す言い方で後者は可能を表現しています。
独断偏見を恐れず言わせていただくと「食べれる」、「見れる」という日本語は本来存在しないのではないでしょうか。
ちなみに私も遠州人です。

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

日本語は面白いですね。
「読める」もまた、誤用だとご存知ですか?「読まれる」が変化したものです。
ヂにしても、ジになってしまったように、日本語はもともと文法がない、と
言われています。

「見れない」「食べれない」から、誤用が始まっているのではないかという説がありますし・・・。それよりも、「見られる」「食べられる」が尊敬語として、一般に誤用されている方が、難儀だと思いますけどね…。

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

椿姫さんへ

たしかに安易に「られる」をつけて尊敬語とみなすのは考えものですね。
ちなみに「見られる」の尊敬表現は「ご覧になる」、
[食べられる」のそれは「召し上がる」でよろしいでしょうか。

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

ナッシィングさん 

はい。(笑) そうです。

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

確かに 人生の先輩が、少し軽い印象のはやり言葉を使っていると「?」と思うことがあります。(TPOにもよりますが)

私もあまり好きではないのですが、ついつい使ってしまうときがあります・・・。

ただしく 「ら」を入れたほうが、音が和らいで丁寧な印象になる気がしているのですが、どうでしょうか・・・・・・

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

「ら」抜き言葉を使わないからと言って、知性・品格が高いわけでも
ないと思います。
質問・回答・レスの内容、意図からも判断できますから。

ペンネーム:質問者 (匿名希望)さん

相談者
回答、ありがとうございます。

知性・品格の高いと感じられる文章中に、ら抜き言葉を見たことはございますか?

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

知性・品格の高いと感じられる文章をほとんど見たことがないので分かりません。
逆のケースは、毎日イヤというほど見ていますが。

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