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よくあるご質問

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ペンネーム:質問者 (匿名希望)さん

肺ガン末期で余命1年プラスアルファー

[健康相談]

私の妹の旦那です(57歳です)。
せきがひどく、総合病院呼吸器科を受診し、肺ガンの末期(骨転移を起こしている)と診断され、抗ガン剤治療を5回受けました。
本人は、会社に復帰すると言っています(現在、せきも消失しガン症状はなく、元気です)。
医師からは、家族には「抗ガン剤治療は数ヶ月の延命にはなるが、根治は無理」と言われ、「余命1年プラスアルファー」と言われましたが、本人には肺ガンとは告知されていますが、余命については告知されていません。
その医師は、「本人が残り少ない余命を有意義に過ごして欲しい」と家族には言いました。

今後、なるがままにしたものかどうか、それとも、余命のことを家族から告知したほうがいいのか(その医師は過去に患者本人に告知して自殺された経験があるので、本人には余命については告知しない方針と言われました)。
なお、妹もパートで働いており、経済力は豊かではありません。

ご経験ある方がおられましたら、ぜひアドバイス(または経験談)をお願いいたします。

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回答 14件

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

抗体治療と言う方法があるそうですけど
試してみましたか?テレビで特集やってましたよ
60パーセントの癌に効果があるとのことです。

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

こんにちは。妹さんご夫婦のことを心から心配していらっしゃるのですね。
私も数年前母を肺癌でなくしました。
私の考えではやはり御本人が告知に耐えられる人であるかどうかの見極めが大切だと思います。
母には告知はしませんでしたが、最後が近くなった頃にはおそらく本人はわかっていたと思います。
私は仕事柄、病院の呼吸器科には関わりがあります。
肺は大切な臓器だけに悪化するとあっという間に命に関わる状態になります。つい先日亡くなった患者様は自分の病気と見通しを知り、絶縁していた田舎に子供を連れて墓参りに行きました。
そしてお世話になった方々にお礼をした後、病状が悪化し
亡くなりました。残された時間を悔いなく過ごすためには、
つらくても告知は意味のないことではないと私は思います。
家族ごとに状況は異なるでしょうからで、よく話し合いをされるといいと思いますよ。本人はもちろん支える家族も大変でしょうが、これをきっかけに家族の絆は確実に強くなると思いますよ。
頑張って下さいね。応援しています。

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

告知のことですが、これまでの回答や考えを聞いていると、見落としていることがあると思います。

それは、自分の人生の幕引きを自分が知らぬ間に他人が下ろして良いものか、ということです。

いくら苦しくても自分の余生が少ないと分かればやっておきたいことが、誰にでもあります。その余生の時間を自分だけが知らずに、自分の人生を中途半端に「終えさせられて」いいものか、です。

告知は、周囲の家族の問題ではありません。ましてや医師の問題ではありません。
その人が一番大事な問題なのです。

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

「癌」人間の体には常に癌細胞がいます。
その細胞が発生する人と発生しなで人生は決まってくるなんて・・・

私の義理の兄が余命半年と宣告されました。
「癌」にかかっている、余命が何ヶ月と伝えるのも大変ですけど、やはり本人の性格が問題だと思います。
今が体調が良いのならあえて宣告しなくても良いのではないのでしょうか。
本人は肺がんて知っているのなら
本人は一生懸命人生を生きているのではないでしょうか。
それを身近な人が感じて今のうちに元気なうちに
楽しい思い出を沢山作ってください。

本人がもしも苦しくなってきた時に弱音をはいたら
「頑張って」とは言えません。だって今頑張って入る訳だから
私は「ナニクソ〜」て言えばいいじゃん!と言ってたかも。
私の毎日看病しに行ってました。最後の最後まで

それと、無理を承知で子供の夢を家族で叶えてあげました。
それを叶えて上げるのも父親としての最高の思い出になるから。

妹さんを支えてあげて下さいね。
子供さんも支えてあげて下さいね。

それが周りの人がやって上げれる事だと思います。

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

私も11年前(59歳)に肺がん、リンパ節の転移もあり末期であるとの宣告を受けました。その時は検査入院で病院にいましたが、抜け出して自殺も考えました。、しかし、ここで死を選ぶことは自分の人生が惨めに思えたのと、病院の医師・看護師のケアを得て、その当時まだ未承認の抗がん剤治療を
を受けました。結果はがんが消滅して5カ月で退院。ところが
6カ月後に再発、こんどは放射線治療を受けて今に至って
います。通算12カ月の入院と2か月に一度の血液・X線・CT・
MRI・PET検査を10年間続けています。
さて、告知の問題ですが、私は、医師からはっきり告知されてよかったと思っています。自分の人生の終焉を考えることができるからです。病院によってはまだ本人に告知しない処があるようです。アメリカでは本人告知をするの当然のようです。余談ですが、妻は医師が本人告知してくれてほっとしたといっています。(地域の病院では、妻にがんを本人に云うなと言われた)
私の経験から、がんの専門病院での治療を受けることをお薦めします。最新の技術・治療をうけられるからです。

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

こんにちは!私の父も胃がんの末期です。
当然 外科的な治療はいっさいしていません。医師からの余命宣告というのは、家族にとっても知りたいところですが、実際この病気は、ひとりひとりの過去のケースに当てはめてはっきりとした余命をだす事はできないと思います。
私の父の場合3ヶ月と言われましたが、1年を過ぎました。
本人が動けるうちは、積極的に外に出たほうがいいと思います。
家族への負担が多いのであなたも含めて周りの人の助けが大切だとおもいます!
そして頑張りすぎないと言うのも大切です。

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

私の父は肝臓癌から膵臓癌と転移し、余命3か月と診断され、その後3か月半で死亡しました。直接原因は多臓器不全と尿毒症でした。

今回の告知の件ですが、微妙な問題だと思います。

私自身としては告知を貰い、自分の身辺を整理し、静かに終えたいと考えています。一部私の日記にも記載していますが、誰にも看取られず、死後の肉体のみを始末して貰えればそれで良いと考えています。

しかし、父が死亡したのが51歳、私が15歳の時でした。当人は退院と社会復帰を強く願っていましたが、病状から見て無理な状況でした。

また、我が親だからこそわかる“ノミの心臓”。恐らくもし告知していたら錯乱していたと思います。

告知により大きく2つの態度の変化にわかれるそうです。
?死期とも向き合い、懸命に“生”と向き合う方
?自暴自棄となり、エゴ丸出しの状況で感情の起伏を表現する方

まずこの部分の性格を考え告知した方が良いと思います。

私の父の場合は、モルヒネ等の投与を開始するまでは、両性ポリープである事。 回復期の投薬によりダルさが生じていること等嘘で塗り固めて、ひた隠しにしました。

当人は悟っていたのかどうかは未だに不明ですが、家族の闘病記としては後悔はありません。

纏まらない回答かも知れませんが、家族のみならず、その家族を支える周囲の“力”も癌闘病には重要です。

チープな言葉で申し訳ありませんが、頑張ってください。

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

これは妹さんにご主人の性格を確認した上での対応になると思います。
つまり余命を知らせる事で、残された時間を精一杯有意義に使って寿命を全うしようとする人なのか、告知され生きる気力さえも失ってしまう性格なのか、その点をしっかりわきまえてお決めになることが大切です。

いずれにしても肺がんの末期は激しい痛みを伴うといわれます。
そちらの精神的ケアも皆さんでお考えにならねばならないでしょう。
たとえばホスピスのような所を・・・

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

私も今57歳です。
46歳の時、肺がんの末期で脳に転移最悪でした。当時そんなに重い病気だと知らず奥さんに苦労かけました。自分の身体は自分で治すと思っていました。抗がん剤も飲みませんでした。なんとか今元気でサラリーマンやっています。本人の気持ちの持ち方で変わるのでは。私はいまだに大好きなタバコも吸っています。あまり参考になれなくてごめんなさい。

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

ps忘れていました。
今年大腸と小腸の一部もなくなっていますが、元気ですよ。時々体調が悪く会社も休みますが、病気なんて気にしていません。死ぬ時は死ぬ今を大切にしたいです。

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

私は父がガンです。

3年前に食道がんを患い、翌年にリンパを伝って首の付け根転移。2度とも手術にて全摘出しましたが、今年2月の検査にて背骨に転移。致命傷です。その時点では余命3ヶ月〜半年とのことでした。

家族で話し合い、「人生に悔いを残して欲しくない!」と告知しました。

その日から父の生きる事への執念の塊りともいえる生活が始まりました。人一倍体調管理に気を使い、効き目がありそうな治療は全て行ない、動ける間にと旅行にも出かけ、現在も「ロスタイム(?)」を有意義に過ごしています。

どこまで身体がもつかわかりませんが、今の父の姿を見ていると告知してよかったと思いますし、告知した事への後悔は全くありません。父も「告知をされてよかった」と最近よく口にしています。

我が家の戦いはまだまだ続きます!

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

あえて言わなくても、本人が一番わかってる様な気もします。 残された時間の永さではなく、どんな充実した生き方するか。だと思います。いつもの様に会社に行き、いつもの様に仕事をし、いつもの様に家庭に帰る。が今の本人には一番の幸せではないでしょうか。その手助けをするのが家族だと思います。

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

毎年、定期健診をして、煙草も、吸わずに、肺がん
抗がん剤で小さくはなり、主人は、体力、気力が凄い人で、とても強い人でした。  会社には治療をしながら、普段通りに行き、毎日、私の方が、ハラハラ、ドキドキの毎日でした。 先のことは言えませんでしたが、本人は分かって?いたと思います。 逆に私を励ましてくれてました。
元気な主人は、肺炎にかかり、あっという間に悪くなり、亡くなってしまいました。 でも、最後まで会社に行き、普段通りの生活をした本人はきっと、満足したと、家族みんなは納得してます。 私は、まじかで見てて、あんなに強くはなれないと思った闘病生活でした。 でも,あれで良かったと・・・

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

主人のことをお話しします。
54歳のとき直腸がんが見つかりました。
医師の診断は末期がん、余命半年プラスアルファ。
がんは既に直腸のほとんどをふさいだ状態でしたので、すぐ手術して患部は取り除きましたが下半身のほとんどのリンパに転移していましたので診断結果に間違いはありませんでした。
私は悩みましたが、末期ということは告知しませんでした。
手術も成功したということで、本人も気力が戻り会社にも復帰して抗ガン剤投与を続けて1年、結局は再度入院になり、今度は人工肛門の手術。そして後は坂を転がっていくように悪化するのみ。
もうこの段階では本人も気づいていたことでしょう。でも、私は最期まで何も言えませんでした。再入院から半年で亡くなりました。

そして、今思うことは、やはり告知すべきだったのか? それは考えます。知っていればそれなりの過ごし方もあったのではないかと思います。 ただ、これも私が思うだけであって、それが正しいかどうかはわかりません。

ご本人の性格にもよります。耐えられるかどうかです。
私が理想的に思えたのは映画「象の背中」です。あくまでもフィクションですからわかりませんけれど。

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

難しい問題ですが、本人の生き方次第ですので、ベストな
回答は無いでしょうが、私なら、知っていたいと思います。

初期段階の胃がんを取ってから、将来を心配していますが、
もし再発し手遅れでしたら、そうしたいです。

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

癌は余命何ヶ月等と推し測れます。
余命1年以上とは長くてうらやましいくらいです。
私の兄は、喫煙もしていないのに会社の定期健診で見つかり、余命6ヶ月。59歳でなくなりました。肺癌の末期においてはこのようなケースが標準とされています。
頑張れとはいえませんが『お大事に』して上げてください。

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