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ペンネーム:ビスカスさん

親友にも話せないこと

[人生相談]

匿名だからこそできる本音を聴いてもらい、それぞれのコメントをもらいたくて、書きました。
近年、時々おもうのです。(忙しさの中やスケジュールが決まっているときにはこんな気持はあらわれませんが。。。)

私は古希を過ぎました。過去の人生で殆どやりたい事は自分なりに経験してきました。子供の頃からの夢も些細ながら実現し、青春時代も貧しいながらも楽しみ、金がふんだんにあった訳でもないですが、自由に範囲内で満足し、恋愛もし、失恋、得恋もし(振ったり、振られたり)、加えて不倫にも陥り、、、まあ人並みな人間生活をしてきました。

学習力もまあまあで、一つの事に専念出来ませんでしたがある程度の知識を自分なりに得てきました。
そして、普通以上に病気にもなり病院通い、手術経験は、人並み以上な病弱人間でした。苦しみも味わっています。
ところが、兄弟の中で一番の長生きで、古希を過ぎた現在でも至って元気です。
自分より年が若くて亡くなった人達や、身体のあちこちが痛くて薬ずめの人達の話を聞く度に、現在の健康に感謝しております。

経済的にも生活に難はありません。有り余る財産があるわけではないですが、金を使いたいという、欲望がありませんし、生活に満足しております。(ほじくり出せば、勿論、もう少し、、、、ということはありますが。)
人間関係も自分なりに適当にあり、寂しい思いもなく、これ以上関係を広げる興味もなく、喜びを身の回りから創り出し生活に潤いを出しています。

が、こんな現状の中で、
一息ついてリラックスして自分の人生を客観視してみると、晩秋の季節に感じる、虚しさを感じるのです。人生の「空虚」とでもいえるのでしょうか?

年老いた寂しさでもなく、刺激の無くなった自分でもなく、夢の無くなった自分でもなく、、、、一体、何処からこの気持ちがくるのでしょうか?

アルツハイマーのはじまり?、、、と言われれば、それもまたしかり、、、、かもしれませんが、自覚症状も全くなく、IT操作も同年時代の人並み以上と思っていますし、読解する力も若かりし頃と変わりません。 創造力もあると友人からいわれていますので、脳の方の心配は、後5年位は大丈夫と自信はあります。

なぜ、友達に言ってはならない事かといいますと、この悲観的気持(異常?)を相手に見せたくないのです。
ですから、ここで私に感情の入らない知らない人達のご意見、経験談をお聞きしたかったのです。

(10月22日 21:53 追記:)
~~~~~~~~~~~~~~
多くの皆さんからいろんなコメントを頂き有難うございました。時にはお叱りあり、時には励ましのあるコメントを読ませていただき、また、私の気持ちを鏡写しのような経験をしたというコメントを頂いたことは同朋を得た喜びです。
お礼の回答を逃したのがあるかも知れませんが、お許し下さいませ。

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回答 38件

ペンネーム:ワカルヨさん

同じような思いを持つことがあり、年齢と共に多くなりました。
衣食住を追いかけて働いた時期と違い、大きな責任を負うこともなくなり、
ふと立ち止まって感じる虚しさ、寂しさ・・・
もしかしたら「老人性の鬱」かと不安に思ったこともありました。

大きな夢を追いかけて働いてきました、そしていまそれを実現させて
人生を謳歌しているつもりだったのですが、
ふと感じる「この感情」は何だろう、と。

明るい性格、行動派の私が? 
具体的な答えは出てきませんでした。
質問者さんの文章を読んで、似ていると思いました。

贅沢な悩み? そんなもんじゃありません。
きっと人生をいい加減に無頓着に歩んできた人には
無いことなのかもしれません。

今、健康で生きてることは素晴らしいことです。
何もしない時間を楽しむもよし、自然を愛でるのもよし、
自分の心をゆったりと解き放ってやることです。

病気や怪我をしてから、生きている価値を知るのではなく
今、自分は素晴らしい「時」を生きているのだと理解してください。

私?
自然の移り変わりを今の年になって、やっとしみじみ味わっています。
時々感じる虚しさはありますが、いまだに解決も答えも見つかりません。
ただ、元気に暮らせる幸せだけは、大切にしています。

答えにならない文章、長々と失礼しました。

ペンネーム:ビスカスさん

相談者
ワカルヨさんの立派な励まし(?),ご意見が現れるのを期待して、この質問欄に投稿しました。
素直にうけとり、他にも私のような思いを持っている方がいるという同朋の有難さを感じております。

ペンネーム:ナナさん

私が学んでいる心理学では、人は生涯発達していくと教わりました。 発達していくにつれ、自分の向上や充実では満足できず、他人の為に尽くしたり、役に立ちたいと思うようになるそうです。
もしかしたら、今よりさらにほかの方のために時間や労力を使うことで、充実した気持ちになれるかもしれませんね(^-^)

ペンネーム:ビスカスさん

相談者
助言を頂き有難うございました。

ペンネーム:トマトさん

都に雨の降るごとく  我が心にも涙ふる
心の底ににじみいる  この侘しさは何ならん 
   。。。。。。。。。。。。。。。。。。

それが 根源的な 人間の想い でしょう。 
人生の達人の域に 達しましたね。

ペンネーム:ビスカスさん

相談者
トマト様、
簡潔で奥深いお言葉を有難うございました。
「人生の達人の域、、、」。。。さあ、如何でしょうかね?
もし、後10年も生きていたならば???少しはその域に近ずけるかどうか?

ペンネーム:レラさん

お悩みさん初めまして。あなたの人生、私と生き写しのように同じです。歳もおなじ頃、人生の経験もおなじようで、IT、恋愛関係もそっくりで、私がこの質問をしたような感じです。
今では自分は今日、生きていればもうけもの、しかし明日も生きていてださらにもうけものの人生を送っています。
この年になったらそんな気持ちで生きつずければ幸いでないでしょうか。

ペンネーム:ビスカスさん

相談者
私のまとまりのない質問を分かって頂けたようで、嬉しいです。
やはり同じ様な心の環境に生きていないと理解できませんよね。
何時も口癖のように言うのですが、私は「おつりで毎日を過ごしている、、、」今日が大切で、今の時間がどれだけ有意義か。。。と感謝しております。将来の長期計画の希望などありません。かといって寿命をちじめるような大病持ちではありませんが。。。人間の生命なんて???

ペンネーム:レラさん

もう一つ似ている所が有りました。病気もちの所です。私は大病を何度かして今は障害者になりましたが、日常生活は普通にしています。しかし障害者へは国から相当の援助を受けていますので其のお返しに障害者支援のお手伝いをしています。自分ではこれも社会参加の一つでスキルアップと思っています。
毎日寝る時には「今日も生きていた」という感謝をしながら生活をしたいですね。

ペンネーム:ビスカスさん

相談者
レラさんのポジティブな態度に拍手を送りたいです。
中々健康体で全てが満足出来ているように見える人でも無いモノねだりで不平、不満をする人もありますからね。。。。

ペンネーム:ユメコさん

今の私と殆ど同じ状況の人がいらっしゃる事に安堵しました。

幸いにして多少健康に問題は有りますが、長女家族との同居もして、三食昼寝付きの生活。病気の所為で特段の新しい人との交流も望まず。昔からの知り合いとは細く長く変わりない、交わりは有ります。
一番幸せな事は生活基盤が揺ぎ無い事でしょうか。更に同居の8歳と3歳の孫との交流、娘や婿との関係も穏やかで、時々したい事の希望を言うと、時間調整しながら娘が車で連れて行ってくれます。
主人は今年1月に亡くなりましたが、その前後して両親も見送り、自分が責任ある葬儀一通りが済みました。
自分にこんな穏やかな自由な人生が待ってるなどと、考えもせずに夢中で生きて来ましたが、今はそれなりに幸せです。
ご心配されているアルツハイマ−病や認知症に自分がなったらと言う心配はみんなに有りますが、持論としては自分の親や兄弟更には叔父や叔母の関係にそういう病気が有るか、又どんな病気が出ているかを見ると、自分の将来が少し見えます。
父には老人性の脳軟化に寄るまだらボケは有りましたが、90まで生きても認知症には成りませんでした。但し癌は有りましたので親族の中ではかなりの癌発生率ではあります。

ペンネーム:ビスカスさん

相談者
コメントと経験話をして頂き有難うございました。人生、70年を過ごして来ますと大体人生の総仕上げのようなモノが見えてきますね。良し悪しは別として、人それぞれの図のようなモノができあがってきます。

ペンネーム:ユメコさん

お互いに金銭的に悩んだり人を増してや子供を頼らない生活が出来るだけでも幸せです。やたらに子供達にお小遣いは上げませんが、必要に応じて出せる幸せが有ります。

ペンネーム:ヒマワリさん

今年還暦を迎えたばかりの私ですが 拝見していてとてもよくお気持ちが理解できました。実はこのところ私も同じような感覚で日々過ごしているのです。
連れ合いはなく一人勝手気ままな生活です。
子供は居ますがそれぞれの人生 私にも自由に好きなことをすればいいよと全員が口を揃えて言うのです。
確かに今の状況は過去の私の生活から考えれば大変幸せな状況であると言えます。なので子供たちもそれを喜んでくれているのです。

ですが この侘びしさ 虚しさは何だろう?
結局人は自由であっても 好きなことをしていても
満足感は得られないのかもしれません。

いったい何がほしいのだろう? 何が必要なのだろう?
どんなに素晴らしい言葉も頭では理解できても
実際にはなかなか腑に落ちるところまではいきません。

人生に不可欠なもの
それは愛ではないかと思っています。
生きている限り「愛の受け渡しという作業」が必要なのではないでしょうか?
誰かの為に 何かの為に尽くし また誰かに支えてもらう
そうやって健康に居られて初めて日々に満足できるのではないかと最近そう考えるようになりました。

子供たちでは駄目です。
他の所で愛の受け渡しのできる関係を築くことが必要なのではないでしょうか?
楽しい毎日のために お互いに頑張りましょう。

ペンネーム:ビスカスさん

相談者
ご回答有難うございました。
同朋を得たばかりと嬉しくなりました。置かれてる立場、環境はことなっても、こんな虚しさをフット感じるのは在るものですね。
「愛」…大切なものです。見つけたいですね。自信はないけど。。。。

ペンネーム:トンコさん

「親友にも話せない」というところが問題です。
人は弱みを見せることで、本当の友達になれるのです。
(本の受け売りですが)
心屋さんの本をお勧めします。
(私も昨日読んだところ)笑

ペンネーム:ビスカスさん

相談者
ご親切に本の紹介を有難うございました。
チャンスがあったら、読んでみたいですね。

ペンネーム:ズバリさん

貴方は甘えん坊です。
この(その)歳になって、人それぞれの悩みを皆に聞いてもらってどうしますか。
もう、じっと自分一人で抱えることの出来る人間になっている年齢だと思うのですが、成熟しないまま歳を重ねたようですね。
いろいろ考えることはしても、いろいろ挑戦し、人以上の苦労をした人ではないでしょう。
もし甘えん坊でなければ、軽い鬱かも知れません。
だとしたら、病院で解決するべき問題でしょう。
たぶん、甘えん坊だと思います。
耳に痛い意見にはコメントせず、慰めてくれる意見には飛びつく傾向があるようです。
私の意見にはコメントは無いのでは?

ペンネーム:ビスカスさん

相談者
多くの回答も皆読んでいただいたようで、結論として「甘えん坊」のお叱りを受けましたが、ご努力に感謝します。

ペンネーム:ヒマワリさん

私は、若いころから、あなたと同じいろんな人生経験がありながら、忙しく、する中で、心の中で淋しさか、むなしさか、心の中の片隅で、ぽっかり空いているものを感じていました。今は、あなたと同じ年ですが何年も前から、真言密教を、勉強しています。昔は居眠りをしに、行くようでしたが、今は仏様に相談しながら、世の中の役に立つ人間になるため、この年でも、勉強しながら生き生きとした生き方ができます。今生きているすべてのことに、感謝して今までの反省するべきことは、仏様に、懺悔しながら、悪い因縁を切って行きます、心の持ち方ひとつで、お釈迦様の、勉強をすることで、生き生きとなるんですね。

ペンネーム:ビスカスさん

相談者
素敵な余生の過ごし方ですね。私に出来るかどうかわかりませんが、参考にさせてもらいます。
どいぞ末長く、心豊かにお幸せにお暮らしください。

ペンネーム:カラスさん

あなたの相談は相談ではないと思います。
人並みに何でもしてこられた方のようです。贅沢な相談だと思いますが・・・誰にでも他人様に相談しずらい事はあると思います。
昔は近所に世話焼きの一人や二人はいました。
何事も感謝の気持ちで日々お暮らしください。
最後に物事を悲観的に考えず、楽観的に捉えてください。
男性なのか女性なのかわかりません。文面から察するに男性だと思います。

ペンネーム:ペコさん

空虚な感じがお嫌でしたら、自分の為の時間を、出来るだけ他人の為に、何か役に立つことをするために使ってみたらいかがでしょうか?

お書きになっていることから判断すると、ご自分の人生には満足されているようですね。では、どれだけ世のため人のためには満足されていますか?人間は皆いずれ死にます。その時貴方にかかわる大勢の方から惜しまれつつ逝けたら本当に幸せでしょう。私は人生の価値はどれだけ他者の為に生きたかにあると思うのです。よかったら困っている人のために何かなさってください。きっと大変感謝されて、貴方の気持ちも充実すると思います。

ペンネーム:ビスカスさん

相談者
有難いお言葉にに感謝いたします。世の中がこの様な人間がおおくなれば、戦争もなく、犯罪もなくなるユートピアになるでしょうね。

ペンネーム:テングさん

アナタの人生はは立派です。

人生の鑑のような人です。

私もそうなりたいそういう風に生きたいです。

ペンネーム:ビスカスさん

相談者
短い要約で述べた私の人生をひとつまみでも感じていただいたようで、有難うございます。

ペンネーム:ノンさん

年代関わらす、誰しも空虚感が波のようにやってくる時があるのでは。。
更年期の最中は特にあると思います
好きなことを見つけ探ししてはどうでしょうか

ペンネーム:オタスケさん

彼方が男性か女性かが分りませんが、連れ合いが有る方と一人の
方ではこれからの人生の生き方が違うと思います。

誰でも夫婦でも子供でも親友でも話せない事は有りますが、貴方様は
何を皆さんから聞きたかったが分りません。

ペンネーム:ビスカスさん

相談者
遠回りの私の質問がはっきりしなかったようですみませんでした。

要約すれば、過去にも、現在の生活にも不満タラタラでもないのに、ちょっとした時に「空虚」な気持ちになるのはどうしてなのか?、そんな気持ちになる方があったら、経験などを教えてくれませんか?

という事でした。

ペンネーム:オタスケさん

貴方様は男性で一人で暮らしている様に感じかした。

もし、最愛の奥様がいないならまだ古希を少し過ぎたならまだ若い
から旅に出たり、ゴルフをしたりして女性と話す機会を作って過ごせば
気も晴れるでしょう。

ペンネーム:ムーミンさん

.
       古希を過ぎるまで普通に過ごして来た貴方・・・。
       随分と長い文章(質問)ですが要点は下記のようですネ。

     > なぜ、友達に言ってはならない事かといいますと、この
       『悲観的気持(異常?)』 を相手に見せたくないのです。 <

       お友達には多分、いろんな人々が居る訳で、それは誰に
       も理解されないでしょう(自意識過剰と執られる落ちネ)。
       「悲観的な事柄を具体的」 にお話しては如何ですかネ〜。

.

ペンネーム:ビスカスさん

相談者
ご意見有難うございました。

ペンネーム:ワンコウさん

はじめまして、私はあなたの事を何も知らない、63歳の者です
人生に刺激が無くなってしまったのでわないですか?

生活が安定していれば物足りなさを感じると思います
なぜなら貴方自身が満足しているからだと思います

人それぞれ刺激の有る事は違いますので
何がと言う事は出来ませんが、人生には冒険が必要だと思います

ペンネーム:ビスカスさん

相談者
<<人生に刺激が無くなったのでは?。。。。>>
ごもっともです。
私の場合、年齢とともに、体力の減退が人生の冒険を妨げ、現状満足という形になっています。
そうですよね、何事に於いても「満足」は「進展、開発」を妨げますもの。

ペンネーム:ワンコウさん

回答の返信有難う御座いました、残りの人生を体力を維持しながら
楽しみながら、冒険をして下さい
私も人生の冒険を楽しみながら生きて行こうと思っています

ペンネーム:タイヨウさん

経験や考え方がよく分かります
 良い文章です

その空しさはこの世が分かってしまったので
 「このまま死んだら私は消えてしまう」

・・・と無意識に思っているようです。

アナタはコレまでは
無神論に近い人生で
物質・肉体に満足したので当然
次のレベルの

  精神=魂

を無意識に模索しているんでしょう。


私の経験(日常)から
 死後の世界は当たり前にある
 世界の宗教は皆偽者で近寄らない 
 高次の存在を意識する
    (坂本竜馬の天に問う姿勢)

と言った具合に
貴方の考え方(意識の次元)
を高い方にシフトすると
アナタを守る存在が変わり

何もしなくても
清々しさを感じるようになるでしょう。


※コレは奥義と言っても良い部分
 が有るので、できなくても普通


※(意識の次元)=所属する霊的エネル                   ギーの場

ペンネーム:ビスカスさん

相談者
ご意見有難うございました。何回も読み直しました。
次元の異なる見方で、解ったような、解らないような、、、、そちらの方面にも目を向け、学ぶのも私が探している「モノ」のひとつかもしれませんね。

ペンネーム:ワシジャさん

『すべからく、この世のことは、大したことであり、大したことでなし』
『面白き無き世を、面白く』
この二つの名言も、一つの拠り所になるよぷな気がします。

ペンネーム:ビスカスさん

相談者
結論はワシジャさんのおっしゃる名言に尽きるでしょうね。
座右の銘として書いて壁にかかげておきたいです。
有り難うございました。

ペンネーム:フッカツさん

私は65歳ですがその心境が良く解ります。

原因が思い当たらないのに寂寥感に襲われる。

体内のメカニズムで簡単な答えが在りました。
「男性ホルモン」が基準より低くなると症状が
出るそうです。

私は病院で測ってもらい、注射をして直ぐに
回復しました。

ペンネーム:ビスカスさん

相談者
そうでしたか!
体内のホルモン作用は性別に関係なく非常に大きいと知っていましたが、こんな場合にもね、、、
コメントを有り難うございました。

ペンネーム:ウララさん

ビスカスさん、気持ち何となく分かります。
私、五十代ですが、昨年仕事を辞めてから、日々虚しさでいっぱいでした。突然、後先考えずに辞めてしまったので、毎日何をして過ごしたらいいのか、、、不安もいっぱいでした。また、やる事を無くし、自分の老いまで感じました。
それから一年経ち、仕事もパートで始めたり、趣味をいっぱいやっています。
状況は全く違いますが、今に至るまで、つい最近まで、ビスカスさんの感じる「空虚」をずっと感じていました。今でも少しね。
友人が言うには、自分の一番欲しているものがないからでは? と。ズバリそうでした、私の場合は!
今、気持ちが薄らいできたのは、やっと今の生活スタイルに「慣れ」てきたのかな。慣れなのか妥協なのか?

あともうひとつ、物事には正と負があって、良い事があると、その反面、悪い事も考えてしまい、素直に喜べなかったり。そんな思考回路もあって、私自身、虚しさを感じやすいのかも、と思います。

私の場合を書き連ねましたが、
話の中から、少しでも、何かヒントになればと思います。

ペンネーム:ビスカスさん

相談者
ウララさん、コメントを有り難うございました。
歳の数で判断してはいけませんが、50代で同じ様な(?)経験をなさったのですね。私の場合一回り以上も経ってから(70代)で初めて、こんな「空虚感」を味わいましたが 、仰るように「欲しいものがないから。。。。」と言う考えに少しは当てはまるようです。言葉を換えれば、贅沢な悩みになりますかも。。。
でも、私の場合、悩みでなく、そんな気持ちになる方ありますか?という質問でした。

ペンネーム:ミルクさん

今まで、虚しさを感じなく生きて来られたのでしょうか?
私も、虚しく感じる時がありますが、仕方無いと思い、気にしないようにしています。
「虚しさ」は、年齢に関係なく、誰でもあります。

>なぜ、友達に言ってはならない事かといいますと、この悲観的気持(異常?)を相手に見せたくないのです。
ですから、ここで私に感情の入らない知らない人達のご意見、経験談をお聞きしたかったのです。

そのお気持ち、理解出来ます。
友達に見せる顔ってありますものね。

ペンネーム:ビスカスさん

相談者
古希を過ぎ、人生の休養を考え出したら、フットこんな「虚無感」を味わいました。他のコメンターさんが指摘された、「欲しいモノがなくなったから、、、」と言うご意見が、ある程度あたっているようです。希望、欲望、夢、、、あらゆる種類の対象があれば、こんな虚しさを感じることは無いかもしれませんね。
明日の食べ物に困るようだったら、先ず食べ物を手に入れる、、、という意欲が優先しますものね。

ペンネーム:ミルクさん

ご丁寧な返信をありがとうございました。

>「欲しいモノがなくなったから、、、」

欲しいモノがなかったら、満腹なら、虚しさは感じ無いと思います。
一般的に、本当に欲しいモノが手に入らなかった時に、虚しさを感じます。
自分でも気づいていない、何か、欲しいモノがあるのではないでしょうか?

これは、私の勝手な意見なので、そういう一意見もある、ぐらいで受け止めてください。

ペンネーム:ビスカスさん

相談者
そうですね、きっと自分で気付かない欲しいモノがあるのかもしれません。考えてみてそれが分かったら、それに向かって得るように努力すれば、瞬時の虚しさも消えるかもしれません。
再度のコメントを有り難うございました。

ペンネーム:リップルさん

通りすがりに日記を拝見しただけで、このように書くことをお許しくださいね。

ペシミスティックなのがお好きなのでしょうか?

温室の中に居て、あぁ〜でもない、こうでもないって、蟹のようにブツブツ泡を吹きだしているような姿に見えます。
友人に見せたくないことは、それはそれとして、心躍らせる何かを見つける方向に舵を切られてはいかがでしょうと思います。

いずれ、私もあなた様の歳に達する時を迎えた際に、自分に言い聞かせるつもりで書かせて頂きました。

ペンネーム:ビスカスさん

相談者
ようこそ通りすがりに私のブツブツを読んで頂き有難うございました。
そうですねえ、ペスミステック。。。ある面ではそうかも知れません。不安な世の中を拡大して報道されるジャーナルを、毎日見たり読んだりしていると、惨めになりますね。
時には「サン猿」ーー見ざる、聞かざる、話さざるーーの心境になります。

ペンネーム:マモキチさん

私は64歳ですが、人に対して話せないことは何もありません。
これを言ったら他人にどう思われるだろうか?などと考えていたら疲れませんか?
「ありのままの自分をさらけ出して生きて行く」それが私流の生き方です。それ故、私には虚しさも後悔もありません。

私は複雑な家庭環境に生まれましたが、それで親を責めたり自分を卑下したり「社会が悪い、環境が悪いと言って・・・」自暴自棄になったりした事は一度もありません。そんな人間は、この世に生まれてきた意味がないと私は思います。

私は小学校の低学年から、男でも掃除、洗濯、料理、裁縫と全てを誰から教えられることなく身につけてきました。
異母兄弟の中でも私だけ、自分の将来を考えて来た為なのでしょか?

中学2年で父親が54歳で他界後は、母親を助けアルバイトをしながら高校、大学は返還義務のない奨学金を受けて(授業は全て出席)部活にアルバイト。
遊びたいと思ったこともあったけれど毎日が充実していてその必要はありませんでした。
父親が54歳で他界した事で、自分の人生は54歳以上長生きすることを目標とし、それに人生設計をあてはめました。
就職も人並みに出来て、自分が描いた人生設計通り30歳で結婚、子供三人にも恵まれ50歳で役職定年と同時に早期希望退職、その後も5企業の役員を歴任し脳梗塞で倒れるが回復。後遺症もなく現在は大学の事務室長として活躍の場を与えられました。
大学の給料は元気に働ける事に感謝し、あしなが育英会に寄付し大学の仕事のない日は、駐車場でのアルバイトで働き、企業年金と僅かなアルバイト代で、趣味人倶楽部のオフ会や日帰り温泉に行く事で毎日を楽しんでいます。

親類の葬儀で知り合った“20代のおくりびと”の女性から、「人は亡くなれば神や仏様の所に行けるのですから何も悲しいことはありません」
と伺いました。
それ以来、私も同じ考えを持つようになったら人生が楽しく思えるようになりました。

ペンネーム:ビスカスさん

相談者
ご自分の人生経験から学ばれた貴重なご意見を有難うございました。本当に人生イロイロです。最終的には人生とは何ぞや、、と自分で納得することなのでしょうね。

ペンネーム:バショウさん

芭蕉の句にありますように、「月日は百代の過客(はくたいのかかく)にして、行きかふ年もまた旅人なり・・・」であります。
人生楽しいことも悲しいことも辛いことも・・・夢の中の出来事のようなものです。
過ぎ去って振り返ってみますと一種の空虚のような気持ちを感じるのは普通のことのように思います。
この世に生を受けていろんなことを経験させてもらえたことに感謝しながら穏やかに過ごされる事が良いのではないでしょうか。

ペンネーム:ビスカスさん

相談者
素敵な助言に感謝です。おっしゃる通り、私も過去の出来事か夢の中の事のように感じる頃になりました。
半世紀も前にみた強烈な夢が、他の現実だった出来事と同じ様な思い出になってる事もあります。
夢と現実が同居、、、人間の記憶の妙味と言うことですね。

ペンネーム:アキゾラさん

「親友にも話せない」の親友の定義に思うところがあり書くことにしました。

私にも学生時代からの長い友人がおりますが、とうてい親友と呼べる間柄ではありません。
友人は喜怒哀楽が激しく、なかでも一番多いのが「怒」

目の前にある食事への感想ぐらいならまだしも、職場の人間関係、義利親族の悪口、昔の友人の批評
出るわ出るわで、私はいつも聞き役に徹していました。
当然、私の側は自分自身の話はあまりしません。批評されたくないからです。

ある時思い切って本音を話してみた所、思っていた通り言い合いになり、今までの付き合いの長さを空しく感じました。
本音を話せない相手をなぜ親友と呼べるのか。
とても不思議な気がします。

ところで、ご質問の回答です。
思うところを正直に書かせていただきますので、無礼はご容赦ください。
私は病気の方と接する仕事をしています。

病気になると周りの方々が優しく接してくださるでしょう。
でも回復すると一人前の人間として扱い、もはや労わってはくれなくなります。
病弱の方、大病の経験がある方は、周りが労わってくれないことに寂しさを感じるようです。
もしかしたら、今まさにその状態なのかもしれないな、と感じました。
ご兄弟も先立たれたなら、尚更ですね。

病気の時に周りから労わってもらったように、これからは、弱っている方を労わってあげられるほうに気持ちを切り替えられればと思います。
別の生きがいが生まれるかもしれません。

ペンネーム:ビスカスさん

相談者
コメントを有難うございました。
おっしゃってる事を経験もし、現在も友人介護をしており、あらゆる事をこの歳になるまでに私なりに接してきました。
今では、それらの経験に苦情を言ってるわけではなく、単純にふっと、虚無感を感じるだけの事です。
別に老齢に向かい死を恐れているわけでもなく、短い将来の計画も立てそれに暇あるごとに挑戦して満足して生活をしております。

ペンネーム:アキゾラさん

死を恐れているわけではない、これには共感いたします。
ですが、私は親が健在ですので、年老いた親より先に死ぬわけにはいかない。でも、人生の最後に独りぼっちにはなりたくないという葛藤はあります。つかづ離れずで最悪の場合に野良になっても生き延びられそうな猫でも飼いましょうか。猫を選択するあたりはビスカスさんと同じですね。

もはや欲しいものが無いようですが、寒くなってきましたので冬支度は始めましょう。

ご両親やご兄弟に代わり、私から一言。
「暖かい肌着は足りてる?最近は温熱放射とかいうわけのわからない素材が出回っているから、1枚ぐらい買ってみたら!?
化繊綿の入ったダウンのコートはあったかいのに、軽くて動きやすいらしいね。コタツ布団は干さないとダメよ。あんたは人様より体が弱いんだから心配だよ。人の世話も良いけど、自分を大事にね」

「わかってるよ! うるさいなー・・・」

こんな感じかしら。
妹のおせっかいです。失礼しました。

ペンネーム:ビスカスさん

相談者
>>お節介?、、、、<<
とんでもありません。暖かい思いやりの心が伝わってきます。
有難うございます。
本音を申し上げれば、冬の無い温暖地に住んでおりますので、、、

ペンネーム:ビーンズさん

古希を過ぎてご健勝とのことおめでとうございます。

古希を経験したことのない私が何を言う!!ですが
義母が89歳で身近で見ています。
田んぼ畑をしていた頃は、元気で生き生きしていましたが
身体が動かなくなってから、めっきり悲観的な言葉が増えました。

やはり、人間時間が有り余ると、思考してしまうのですね。
>忙しさの中やスケジュールが決まっているときにはこんな気持はあらわれませ
まさにそれですね。

でも、ご自分の人生を振り返る時間って素敵ですよね。
確かに、ノーベル賞を取るとか、誰かを助けたとか、そんなことは大抵ないです。
でも、70年、いろんなことがありましたでしょう??
失恋、失敗、そんなことは思い出さなくっていいんです。
叶わなかったけれど、素敵な初恋♪
ドキドキした不倫ですか??
ごぞ分の人生の素敵なとこばっかり振り返って
俺って、なかなか凄いんじゃない??って思う日もありますでしょ??

悲観的な思考の日もあるでしょうが
連日そうでは困りますが、こういう日だってお有りでしょう^^
長い人生、いろんなことがあって、それが積み重なっての自分
清濁飲み込んできたんですから
悲観的な日は、そんなこともあったなぁ〜でやり過ごし
忙しい時は愉しみ
ポジティブに振り返る日を多くしていただけると嬉しいです^^

ちなみに、素敵なことばかり集めたアルバムなんか素敵ですね♪
手帳でも然りですか、、「俺ってすごいだろ?」手帳??

ペンネーム:ビスカスさん

相談者
ポジテブコメントを有り難うございました。
いろんな回答に感謝しております。

ペンネーム:アホラシさん

なにをぐたぐた 言ってるって気がしますねー。

屁でもない人生を 肯定してるだけでも 幸せな人だと思いますよ
あなたは。
まー 流れに身を任せ 死ぬまで生きればいーんです

ペンネーム:ヒヨドリさん

ビスカス さま。
しっかりと貴方の心の内を読ませて頂きました。
現在の心境をとても良く表現しており、本当によく理解できます・・・
と言うのも、私もその道を通ってきたばかりだったからです。

貴方は古希を過ぎたばかりと仰いましたが、もしかすると70才と云うのは
年齢的な節目という意味で、誰にも共通する鬱的な状況に落ち入りやすい
のかも知れません。

そして男性にとっては、第一線からリタイアしたばかりであり心にポッカリ空いた
物足りなさから、空虚という真っ暗闇の穴倉に落ち込んでしまうのでしょう。
ですが大丈夫です。誰でも一度は通る道、と考えれば何ということはありま
せん。
いつまで70才でいるわけもなしその道を通り過ぎれば新たな道が目の前に広がって見えてまいります。

ビスカス さまは、これまできっとがむしゃらに頑張ってきたのでしょうね。
長い間、本当にお疲れ様でした。
その時こそ、新たな気持ちが沸いて来るのではと思います。

ペンネーム:ビスカスさん

相談者
ヒヨドリさま、
多くのコメンターの中から、あなた様のように私の気持を分かっていただく人が現れるのを期待していました。
70年以上も生きてきて喜怒哀楽、苦難を経験し、その都度「人の世は。。。?」を考えてきた者でなくては、この「瞬間的空虚」は味わえないとおもっています。多忙に惑わされ、自分の本当の気持ちは何かと考える時間のない人達は、それで幸せ、満足であり、それもその人達の生き方、、、人はソレゾレよろしいでしょう。
コメントに感謝致しております。

ペンネーム:オモシロさん

古希を過ぎた私ですが貴女の悩みには:視野が狭い:と感じました。
私の日常では感じられない様々な事が・・・其れだけ生活環境が整っていれば:鬼に金棒:で残された人生を充実した物にするため社会貢献を考えますけれど?
体を動かし外で人と接し忙しく動く・・・まだまだ:黄昏:てなどいられないはず、多分失礼ながらご性格なのでしょうが、親友に心を開けないとしたら交友関係も発展しないでしょうね?私は友人こそ自分をさらけ出せる話題の尽きない相手と思ってます。
依って話も面白いし;頼れる相手:と言われ心強いのですが?

ペンネーム:シャープさん

外に出て、バイトやボランティア、日曜学校(教会など)そば打ち講習などに参加されたらいかがでしょう。

 気持ちが落ち込んでいる時は、外に出て、活動したり、身内や知人たちとにぎやかに会話をするのが、ストレス解消になると思います。

ペンネーム:サラサラさん

人生いろいろ経験をされて、十分満足されているのに、空しい毎日なんですね。
何か目標があると良いですね。旅は様々な人に出逢い、テーマのあるものは楽しいです。
わたしは旅先の平等院で拝観して目標を見つけました。生き甲斐を探す旅もあるんです。
奥さまがいらっしゃるならお話聞いてもらったらどうかしら
きっと気持ちが軽くなると思います。
私はすてきな年寄りになりたいと思っています。自分らしく生きて幸せと思いながら現世を去りたいです。
人生には期限があるから、今のうちと思います。
何か刺激になったら嬉しいです。

ペンネーム:ビスカスさん

相談者
コメントを有り難うございました。
時は刻々と早く過ぎているのは常に感じております。やりたい事があって、それに向ってやっているのに、ふっとこんな空虚感で人生を思うんですよ。

ペンネーム:ヨタロウさん

あるテレビ番組で有名寺の著名な高層がインタビュアーから「どのようにして煩悩から解脱されたのでしょう?」と聞かれて「イヤ〜、さっぱりダメですね。この歳になっても頭の中は煩悩だらけで死ぬまでに解脱できるかどうかもわからしまへんね」と正直に告白されていました。

 他の方も答えていられますが古希までそれほど大きな迷いや人生の空しさも感じず過ごせてきたことが幸いではないでしょうか。

 自分は60代前半ですが、若い頃は還暦を迎えた方などは人生を達観出来て心穏やかに過ごしているように見えましたが、、人間いくつになっても迷いや心の不安は絶えない事にようやく気づきました。

 でもそういうストレスや葛藤があって人生は面白いのかなと最近は考えられるようになりました。親しい友人にそんな気持ちを話すと「俺も同じだよ」という反応をもらい、そんな話しも出来るようになりました。
 友人関係というのは肯定的な自分を見せるだけではなく否定的な面も含め相手に見せて、初めて深まる感じもしています。

ペンネーム:ビスカスさん

相談者
コメントを有り難うございました。
視点を変えて自分を見つめてみれば、おっしゃる通りかもしれませんね。

ペンネーム:ワケシリさん

欲がなくなって来たと言うのなら、新しく興味をひくことを探すことですね。ゲームでも本でも映画でも、何なら芸能人でもいい。

うちの父親に至っては健康が最大の興味ですね。80代ですが気になるととことん医者を変えても原因や治療法がないかやっちゃいます。

ふつうだと、孫とか曾孫を楽しみにすると言うのもありかな?
宝くじを毎回一枚だけ買って当落を一喜一憂するのもいいです。
自分は、今のところ好きなサッカーチームの応援ですね。何かしら、あなたが興味を持てるものが世界中の何処かには残ってるはずです。それを探すのも楽しいのでは?

ペンネーム:ビスカスさん

相談者
おっしゃる通り、興味の対象は自分の周りに存在しておりますが、それが見えないだけの事。
私は猫が同居していますので、猫を観察して居ると、いろんなことを発見します。
と言っても、24時間、猫を見ている訳にもいきません。ちょっとゆっくり自分の心に焦点を与えると、こんな「虚しさ」を感じる時があるのです。

ペンネーム:ヒロさん

貴女は自分が隠している自分の人生に押しつぶされているんですね。
>加えて不倫にも陥り
この清算が終わって無いんじゃないですか?

ペンネーム:ビスカスさん

相談者
そんな部分もあるかもしれませんね。

ペンネーム:タケオさん

ご相談をうかがって、なにかアドバイスができればと思いました。
人生の空虚さ、寂寥の感情についてのお話だと思いますが、
それはなにも異常なことではなく、誰でも普通に抱く感情であると
自分は思います。

多少驚きを禁じえないのですが、そのお年になるまで人生の空虚さを
感じおられなかったことが稀なことのように思います。
あなたがいかに恵まれて、これまでの人生を、
幸運ななかで暮らしてこられたことの証しとなっているのでは
ないでしょうか。

自分は若い頃から人生の意味について、生きる意味について、
生きることの虚しさについて悩み苦しんできました。
その答えを得るためにどれだけ努力したか知れません。
いわばそれは宗教的な悩みということになるのでしょうけれど、
そのようなお話に関心をお持ちになったことはないのでしょうか。

古来日本の詩歌や文学は、その人生のむなしさや儚さが
主題になっていると受け取っております。
また宗教はその答えを準備していると思います。

聖書には、伝道の書などがあります。
(自分はキリスト教徒ではありません)
空の空、空の空、いっさいは空である・・・と始まります。
仏典を紐解けば、この人間界は苦しみに満ちている・・・と説かれます。

若くして亡くなられた方や、先立たれたご兄弟の無念さや、
思いとかに思い至ったことはありませんか。
人生の儚さとかに思い至ったことはありませんでしたか。
また、それでもなお人生を授けられていることに
心から感謝する気持ちはございませんか。
心穏やかに、お暮らしになるよう祈ります。

ペンネーム:ビスカスさん

相談者
早速コメントを有り難うございました。
むかーし、20代の頃「人生とは何ぞや?」という本を時ある毎に読んでいましたが、その頃に感じた「解ったような、解らなかったような」気持と現在の人生晩年になってからの感情は異なる様に思います。何も不自由なことも無く、過去の人生を後悔してるわけでもないのに、ふっと、こんな空虚感を感じるのです。毎日の生活に邪魔されるわけでもありませんが(忙しく日時が早く過ぎていくので)ときどきこんな感情になるので、皆さんの気持を伺いました。

ペンネーム:ネコタマさん

「悲観的気持」 もしかしたら、あなたの気持ちは”老年期鬱(ろうねんきうつ)”に近いものだと思います。
老年期に入った人は、2つのパターンに分けられます。

1つめは、仕事と家族にがんじがらめにされた。リタイアしたから、これから遊ぶぞ!と不良老年になる人。(こっちは意欲があるから大丈夫)

2つめは、仕事ばかり(いわゆる仕事人間)で楽しみが何もなかった。これからもたぶん何もすることがない。

失礼ですが、目の前にいらっしゃったら、「やりたいことは無いのか!」と、カツを入れたい気持ちです。外に出てボランティアでもしてこい! いや、最悪でも、パチンコ屋のハシゴして、不良老人になってみろ!とでも、言いたい。

でもね、ここで怒るのはやめる、今が一番苦しい状態だろうと思いますから。

お友達がたくさんいるところではなくて、あえて少し遠いところで何らかのボランティアはできませんか?

そういったところで、働いてみるとどれだけ自分が幸せか?わかります。私は、自分がニュートラルな状態で居られなくなったときに時々ボランティアに行きます。具体的には、どこかの施設などでお掃除や草取りのボランティアをさせてもらって、帰ってくるだけ。

挨拶は、「こんにちは」 と 「さようなら」 しか言わないから、ちょっと気が楽。「次は、**をやって」と、指示されたら、「はい、喜んで!」と、どこかの店の店員さんみたい?に仕事する。日ごろのわがままな自分じゃなくて、ちょっと違う自分になってみる(あ・・・これは私)。
まじめはやめて、おどけた自分、お調子者の自分になってみる。

最後に「ありがとう!」と言われて、少し誰かの役に立ったかも?と自己満足で気持ちを少し膨らませて帰ってくる。

今の自分が不幸だとは思いませんが、気持ちが少し寂しいとき、誰かから小さい「幸せ」や、小さい「ありがとう」をもらえると ちょっとあったかくなるような気がします。

実はこれは私が毎週1回やってることで、最近はすっかり面白くなっちゃって、皆勤賞レベルで行ってます。常連さんも多いのですが、新しい人もいらっしゃいますから、毎週いろんな人に会えて楽しいですよ。

ペンネーム:ビスカスさん

相談者
ご意見有難うございます。参考にさせてもらいます。

ペンネーム:ボンノウさん

私の場合は
親友だからと言って何でも話そうとは思いません。

逆に親友であるからこそ話すことができないが
赤の他人になら聞いてもらえるということもあると思います。

今のご自分の心境はカウンセラーに聴いてもらうべきことでしょう。
傾聴してくれます。
ただカウンセリングはアドバイスはくれません。
高額な料金の割に役立たずですが
聞いてもらうだけでもサッパリすることでしょう。

ペンネーム:ビスカスさん

相談者
そうですね〜。此処は無料のカウンセラーといえますね
みなさん、聴いていただき有難うございました。

ペンネーム:マダマダさん

>この悲観的気持(異常?)を相手に見せたくないのです。

あなたのとりとめのないだらだらとした文章を読みましたが、何が『悲観的気持(異常?)』なのか理解できません!

古希になった人間が感じる普通の感情・状態であると思いますが・・・・・

ただ、その感情・状態を人に知られたくないと思うところは少々『異常』のように感じられますね。

今の時代、古希は『まだまだ若い』年代で、老け込み『悲観的気持ち』を持つような年齢ではないですね。

ペンネーム:ビスカスさん

相談者
人それぞれ、悩み感情の持ち方が異なり、数少ない年代の違う親友に私のこれらの感情を話してもわかってもらえるかどうか?むしろ変に思われるのだろうと思いましたので。。。

ペンネーム:マダマダさん

年代が違おうとも、親友ならば何でも話せるし、何でも相談できると思うのだが・・・・・
話す内容、相談する内容で悩まなければいけないような相手は親友ではないと思うけどね。

私にも10歳前後の年の差のある男・女の親友が何人かいるが、お互い何でも話せるし、何でも相談できるよ。

>むしろ変に思われるのだろうと思いましたので。。。

そういう思いを抱くと、友達も遠のいていくんじゃないかな。
親友には格好良いとこだけじゃなくって、無様な自分をも曝け出せるようでなければ・・・・・真の親友じゃないと思うよ。

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