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よくあるご質問

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ペンネーム:質問者 (匿名希望)さん

あの世

[その他]

いつかこの世を去らねばいけないのは人間の宿命ですが 姉が当然亡くなり
一人暮らしだったので1週間も放置されあまりに悲惨だったせいか 死んでどんなところへ行くのかとても不安です いつもこの気持ちがつきまとってます 毎日新聞の死亡記事をみては “あーこの人の年齢まではあと何年だ”
とか考えてしまいます 皆さんはそんなこと思わないんでしょうか? 
馬鹿な質問ですみません

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回答 27件

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

そうそう!自分と似ているひとが世の中に3人いると言うけど考え方もいるんですねえ〜

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

私は死を待ち望んでいます。だってそうでしょこんな面白くない現世からおさらばできるのですから。
 今一番心配なのは病気等で自分で自分の始末が付けられない事です。死ぬ時は映画ソイレントグリーンの様に自分の意思で安楽死したいと思っていますから。
 ところであの世はいい所のようですよ。何なら私の日記”三途の川”を読んで下さい。きっと貴方も死を恐れなくなりますよ。

ペンネーム:質問者 (匿名希望)さん

相談者
待ち望んでらっしゃるんですか・・・ 私は容貌ががたがたになって生きていたくはないですが色んな土地を巡りたいんで 出来るだけ生きていたいなあとも思います

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

娘さんの死が、あなたがこれからどう生きるべきか示してくださっていると思いますよ。悲しい亡くなり方をされてしまったようですが、御仏になられ、きっとあなたの生きる姿を見ていると思います。
どうか、自分はいかに生きるべきかを考え、今を精一杯生きていきましょう。命は生きるものではなく、生かされている命だと思います。心臓に「止まれ」と思っても止まらないのは生かされているという証拠の尊い命です。自力で生きていると思う間は苦しいです。

ペンネーム:質問者 (匿名希望)さん

相談者
姉は母でもあり姉でもあり友達でもあったんで凄い喪失感を味わいました
4年半たった今はだいぶときに癒されましたが・・・
生かされてるとはわたしもそう思います

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

とても大切な肉親が亡くなるのは本当に喪失感がいっぱいだと思います。私も今は平静でも、きっと同じようなことがあれば、悲しみに打ちのめされてしまうと思います。時はきっと悲しみをやわらげてはくれると思いますが、失った悲しみは簡単には消えないでしょう。でも、この自分の命を後何年と考えることは、精一杯生きていることにつながると思います。
もしかしたら、明日何かあって自分はいないかもしれないと思えば、ああ、今日があってうれしいなとしみじみ思えるかもしれません。自分より若い命を今までいくつか見送ってきたので、人生のはかなさや生きていることの不思議さ、今生きていることのすばらしさ、そして命あるものの尊さや輝きを感じられずにはいられません。娘さんではなく、お姉さんでしたね。大変失礼しました。
死んでどこに行くかというのは、それぞれお考えがあると思いますが、私は今を精一杯生きたいな、今日があって、明日が来る喜びをかみしめたいなと時々思います。生きているうちでの後悔や失敗はしょっちゅうなので、でもそのことにとらわれすぎては、前に進むことができないので。
いなくなってしまった寂しさが、誰かを好きになったり、大切に思うことで少しでも軽減できるといいですね。

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

30歳の頃、何の気なしに占いをしてもらった処、45歳で死ぬと言われました。もう一人別の占い師にもお願いしましたが、やはり同じでした。今は50歳ですが、45歳の一年間はドキドキしてましたね。(信じない気持ちが不安な気持ちに侵食される様な感じ)
また、昔、俳優の川谷拓三さんが無くなったニュースを聞いた時に何故か急に自分もその時が来るのを深く感じた事があります。
私は遺伝性の高血圧でこれが原因で祖父は64歳、父は73歳で亡くなりました。自分も時限爆弾を抱えている様なものです。なのでほぼ毎朝血圧を測り、塩分を控え、運動する努力をしています。やっぱりもう少しは健康で生きたいので足掻きます。
不安な気持ちは他の気持ちを混ぜる事で薄めては如何ですか。趣味、自然を愛する、パートナーを得る、良い気持ちだけでなく、喧嘩、悔しさ、なども多く得る事で死への不安が和らぐと思います。出来れば「パートナーか友達」と一緒に過ごしましょう。

ペンネーム:質問者 (匿名希望)さん

相談者
主人はいますがこの地に友達がいないのがヤンおじさんがいわれるように余計なことを考えるのかもしれませんねえ

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

女性ですね。一人で良いので(多いと駄目です。)お茶飲み友達(女性)を造りましょう。(友達選びは慎重に。女性の場合、相性の良い友達と悪い友達が極端ですよね。)

御主人には失礼ですが、男は駄目です。相談者さんが男なら妻がパートナーになりますが、女性で旦那さんは駄目ですね。

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

お姉様の死と一人での生活で、不安になるのも
無理ありません。
人間いつか必ず死に、それは年齢だけでなく、若くても
誰も一寸先すらわかりません。
でもいつ死ぬか毎日考えて、又、次の日もいつ死ぬかを
考えて、生きている間ずっとそのことを思い死ぬんですか
仏教で輪廻や地獄などといっているのは、生きている現在
の自分がどういう思いでいるかを言っているので、死は
無であることを覚えておいてください。
生きている間にしか人間は何も出来ないのです。
生きていることで出来ること、死ぬ気で考えてください。
冬が過ぎれば春が来ます、野の花も一生懸命生きています

ペンネーム:質問者 (匿名希望)さん

相談者
いつのまにか一人暮らしになってますが主人はいますよ でもこうゆう話は嫌いで嫌な顔をされてしまいます 彼は死ぬのはぜんぜん怖くないそうで割り切りがすごくいい人なんですよ

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

人は必ず死にますが私は何の不安もありません。昔から真宗のいわゆる門徒として小さいころから「正信偈」や浄土三部経といわれる「阿弥陀経」「無量寿経」「観無量寿経」を耳にしそれに関する本も読んだりしました。帰敬式をまだ受けていないので法名はまだありません。しかし私は死ねば必ず阿弥陀様がお迎えに来てくださり、お浄土にうまれることができる信じて疑わないのです。まず「死」に興味を持たれることが大切なのではないでしょうか。

ペンネーム:質問者 (匿名希望)さん

相談者
ズートそうゆう環境でこられたからですね 凡人には難しいのですが・・・
潔さに感心しました

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

浄土真宗(大谷派ですが)はなかなかいいですよ。凡人だなんておっしゃらず、一度お寺に脚を運んでお話を聞くのはいかがでしょうか?

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

年老いていくこれからの過程を考えると殆どの方が不安になりますが、いつか誰でも他界します。生きとし生ける全ての生命です。ばかな質問・・とは思いませんよ。真剣に自分の命を考えておられて素敵です。
この世と別れる時、こんな風な自分で居たい・・・と、思うと日々毎日が貴重です。私は自分を磨き「いい人生だった」また、まわりの人々に感謝して別れられたらいいな・・って思っています。
不安に陥った時の私の極めつけ・・・・は
「成るように成る」です。
考えてもどうしようもありませんから。
あるがまま・・・・ご自分の人生を謳歌しましょうね。

ペンネーム:質問者 (匿名希望)さん

相談者
ほんとにそうですね 成るようになるですよね やさしい回答を有難うございます 取り越し苦労はやめることにします

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

匿名希望さんなのでまたメールしたくても出来ませんが、何か力になれたら・・・と思います。私自身、以前「死」に関してではなく「病気」に関してとても不安な日々がずっとあったので気持ちがとても理解出来るのです。
人に言わせたら考えすぎ・・・・と言われていましたが、自分の中でどうしても払拭出来なかったのです。もし、私でよければいつでもお話聞かせて下さいね。

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

66歳になり之まで色んな事がありました。
中学生で母を亡くし、大学入学で1年浪人し、会社から海外派遣でブラジルに行き帰国時に交通事故で頭がい骨陥没脳挫傷で大ケガをし、44歳で妻を亡くし、その後頸椎椎間板ヘルニアで手術をしと。
しかし50歳で再婚し、途中交通事故後止めようと考えた事も有った会社に留まり定年まで勤め、その後は出向先の団体、中小企業の製造業、損保会社、JRAの関連会社と紆余曲折が有りましたが65歳まで何とか頑張って働いてこれました。
これは仕事に対する頑張りだけで無く、自分の周りの人々に対して真摯に向き合い自分を理解してもらう同僚・上司・友達を作り話し相手を作ってきたこと、それは再婚した家内についてもお互いに同じように努力しあって来た故か退職後も仲良くやっています。
このように大変な目に何度も会いましたが家族のため子供のためにと頑張りとおし、周りの人々に助けられ何とかやってきました。
人間一人では生きていけないし、多くの人から何らかの助けを受けて生きている事をよく考えて、自分も家族親子だけで無く他の方たちへのお返しとしてボランティアなどをして多くの友達知り合いを作って楽しく暮らすことを考えられたら如何でしょう。

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

少し言い足りなくて付け足しをさせて頂きます。
まず死に対する悩みをもつ前に、死ぬ間際まで如何に前向きに健康に楽しく生きるかでは無いでしょうか。
人間万事気の持ちようとも言えますが、それは健康で楽しく生きていてこそ言えることで健康を害して悩み事を抱えた状態でどんな気の持ち方が出来るでしょうか。
歳をとれば取るほど努力し運動をしないと健康を維持できません。
また気持ちの方は一人でいては明るくなりません、多くのお仲間と楽しく語らいはげまし慰め合ってこそ明るく生きられるのです。

ペンネーム:質問者 (匿名希望)さん

相談者
大変なおもいをされたんですね わたしも13歳のときに母を23のときの父を
4年半前に姉を亡くし それも皆突然なので色々かんがえるようになりました
これからは前向きに考えてゆきたいと思います 有難うございました

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

飯田史彦 の 生きがいの創造  PHP研究社  のシリーズをよんでみて下さい。book offで100円でたまにあります。宗教もってませんが死をうけいれることができます。遠藤周作さんはキリスト教でしたが仏教でいう輪廻をしんじているような事をかいてました

ペンネーム:質問者 (匿名希望)さん

相談者
本は結構読んで見ましたが・・・ 解決にはならなくて・・・
でも皆さんの回答は参考になります 有難うございます

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

私は先日、地元の図書館で『生まれ変わりの村』(?題が少しあやしいです。すみません)という本を借りて読みました。

内容は、中国の奥地に「死んだら、あの世に行く入口でスープを飲む場所があるが、それを飲むな。」と、教えている所があるらしいのです。

それで、そのあたりの人は死んだら、あの世に行く途中のスープを飲む場所でスープを飲まないようです。

スープはどうやら過去のことを忘れさせる薬みたいな役目をしているようです。

だから、その村の人は、死んでもそこのスープを飲まない人が多く、死んで生まれ変わって、近くの村に親や子供が生存していたら、会いにいくそうです。

ただし、自分の生まれる前のことを思い出すと、病気になったり、頭痛がしたりするそうです。

この本を読んで、死んでも15年ぐらいしたら、生き返るのだなあと、私は思いました。

あまり、死んだらどうなるなんて、考えないほうがいいですよ。

生きて命がある毎日を、大切に生きましょう。

ペンネーム:質問者 (匿名希望)さん

相談者
そうですね 考えても答えはでないでしょうしね でもここで皆さんの回答を拝見して自分ひとりではないんだなあと心が落ち着きました

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

死を恐れなければ、そんなことも思うことはありません。
だから人間は死後を思い、そして宗教にすがるのでしょう。

ペンネーム:質問者 (匿名希望)さん

相談者
恐れないよう努力していきたいと思います 心の準備というか・・・

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

生病老死は生きものすべてに付き物です。誰も逃れることはできません。みんな自分だけは死なないと思っているだけです。死んだ後何があるかは誰にもわかりません。チベット仏教だけは死者の書などを読ませていただくと分かっておられるみたいですが。そもそも仏陀はそのような在る無しどちらとでも取れる質問には答えられなかったみたいです。ウナギのように捕まえどころのないから鰻論ともいうそうです。難しいですが自分を肉体や心だと思うからそれが無くなることに恐怖が生まれるそうです。死ぬ時には地位も名誉ももちろんお金や家もこの世のものは何も持っていくことはできません。そこから先のことは自分で少しずつ思いを凝らして見られたらと思います。心の奥の奥のことは自分で探さない限り分からないでしょうから。

ペンネーム:質問者 (匿名希望)さん

相談者
そうですね 皆一人で生まれ一人で死んでいくんですもんね もう一度自分に問いかけてみます

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

お邪魔します。オカメインコです。私も昨年一度に母と、姉を亡くしました。。。皆一度はあの世ってどんな所だろうって思うことは有ると思いますが、でも、あの世の世界は又、あの世の生活が有ると思います。余り、深く考えないで、今を、楽しく生きてください。この趣味人で、色んな方と、お話で来たら、、、それだけでも。。気持ちが、緩やかに成ると思います。。

ペンネーム:質問者 (匿名希望)さん

相談者
一度に亡くされたんですか・・・ 辛いですねえ 
いまのこの瞬間がすぐ思い出に変わることがせつないというか・・・  あまり考えても仕方ないことは考えないようにします
趣味人 楽しんでいきます〜

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

昨年母が83歳で3月に姉が56歳で4月に亡くなりました。。母もですが姉があんなに早く天国に行ったのが未だに、思えないです。お互い、楽しみ作り頑張りましょうね。。旨くコメント出来なくて済みません。

ペンネーム:質問者 (匿名希望)さん

相談者
いえいえ 有難うございます おかめいんこさんも辛いでしょうが乗り越えてくださいね

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

こんにちわ

お姉さんのご冥福をお祈り申し上げます。

死んだらどんな世界なんでしょうね
今、この世に生れてきて、生きてるように
きっと、また1からのスタートでしょうね
誰もわからないと思います

でも、この世に生れてくる前の世界は誰も解らないように
死んだあとの世界も、また【夢】があっていいじゃないですか

死んだらというより【今】を考え、この世に取り残された人のことを考えておいたらどうでしょう。

職場は生と死を目前に働いています
死は突然に起こりえます
また突然に死の宣告(余命)もあります・・・・

自分が居なくなった時の整理とか・・・

私が日々気をつけてる事は、急に何が起こるか分からないから
女ですからね〜
日々に身だしなみには気をつけてます。
下着は毎日きちんとしたものをつけてるとか・・・
髪はいつもきちんととか、部屋の中の整理整頓とか・・・

そして『今しかできない事』もあります

“あーこの人の年齢まではあと何年だ”と考えるよりも

あ〜今日も生きてて良かったなって思われたらどうでしょう

【坂村 真民】 さんの【二度とない人生だから】をご存知でしょうか?
そう。。。二度とないかも知れないこの世の人生・・
悔いのないよう日々をお過ごしください

ペンネーム:質問者 (匿名希望)さん

相談者
悔いのない人生 とっても難しいです でも皆さんの回答を拝見して自分は一人ではないなあと思いました「主人はこうゆう話は嫌がるのでいえません)
有難うございました

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

私は「死後」のことよりも、
自分は、どのような「死に方」をするのだろう・・・、
ということに不安と恐怖を覚えます。

殺人などのニュースを聞くと、
その時その場の被害者の恐怖や苦痛、そして無念、
また、周りの方々の憤りや哀しみを、
「お気の毒に・・・」という同情ではなく、
まるで自分に起こったことのように想像体験してしまいます。

さて、「あの世」はあるのか?どうか?
あるとすれば、どのようなところなのか?
・・・ですが、これは、誰にも断言できないことだと思います。

質問者さんが「あの世は無い」と考えることで、
御自分の人生を精一杯生きられるのならば、
そう考えればいいし、

「天国風のあの世」を想うことで、不安や悲しみが癒され、
それで、人生の苦境や絶望を乗り越えられるのであれば、
そう信じたらいいと思います。

また、そういったことを考えることで、
自分の「人生が失われる」のであれば考えない方がいいし、
まして、本当に「馬鹿な質問」と思って居られるのなら、
この件に関しては、これで終わりにした方が・・・と思います。

逆に、色んな人の考えを聞いたり、
古今東西の(その分野の)知識や智慧を学ぶことで、
自分がより良く生きられる「人生の選択」ができるのならば、
この質問をしたことは「賢い選択」だと思います。

ただ、自分が生きてゆくうえで、
必要な、大切な・・・「自分の」考えや信念を、
(そういう信念を必要としない)人様に強要したり、
自分の考えとは違う考えの人様を「批判」したり、
あるいは、信念派の人を「コバカ」にしたりしないよう、
気をつけたいものです。

ちなみに私が・・・「死に方(自分の運命)」を恐れても、
「死後(宿命)」を不安に思わないのは、
自分が自分のために自分でつかんだ信念があるからです。

ペンネーム:質問者 (匿名希望)さん

相談者
信念か・・・ 力強くいきてらっしゃるんですねえ 私はこのままぼんやりと生きて行くような気がします それでもいいかなあと 
回答 有難うございます

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

質問者さんが「それでいい」という、
生き方でいい・・・と思いますよ。

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

皆さんの回答を読んでビックリしました。

誰も、死んだら何も無いと思っているんですね。

在るか無いか、質問者さんが自分でお姉さんなり神仏に直接会われて確かめられたら良いですよ。

会いたいなら何時でも言ってください、人に聞くより自分で確かめるのが一番です。

ペンネーム:質問者 (匿名希望)さん

相談者
おかしいですがあの世で死んだ家族にあいたいとは思わないのです なぜって? 辛いから
自分で確かめるってどうゆうことなんでしょうか?

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

死んでどんなところへ行くのかとても不安ですと書かれていましたから、死んで、あの世に居る人に直接会って聞けば良いですと言っているだけです。

会いたく無いなら確かめようが無いので仕方ないです。

会いたいという人だけに会える方法を教えてあげるだけです。

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

私は、この一年で母と父を亡くしました。予期はしていたものの死んだときは突然の死のように感じました。両親は子供のために苦労し、何の楽しみも無く、苦労した姿だけが思い出です。死んだらせめてあの世で幸せに生きていてもらわないとやるせない気持ちです。あの世で生きていると考えることで救われるような気持ちもあります。
また、自分自身の死も順序からすれば次は自分ですから、現実問題として実感するようになり、あの世を意識せざる得ない感じです。と言うよりは、死ぬときはどんな思いで死ぬのかということを思っています。
両親がいるあの世に行くことを考えるとで死ぬことの不安もなくなります。
昔は、あの世など求めもしませんでしたが、両親の死でその世界の存在を求めるようになってきたのは事実です。あくまでも私の勝手な願望ですが。あの世なんか無いと思いますが、あると思ってもいいのではないかと思っています。

ペンネーム:質問者 (匿名希望)さん

相談者
あまりに父 (健康だったのが突然悪くなり) 母 姉 前飼ってた犬の突然の死がトラウマになってるんでしょうね その人が使ってた物だけがリアルに残っているのがなんともいえません
でも皆さんのあたたかい回答に感謝しています

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

自分のローソクが消えれば、嫌も応もなくあの世行き。
人生で確実な事は、死去だけです。若い頃に山で初登攀
争いに参加していた経験から、ローソクさえ燃え尽きなけ
れば、死んで当然のアクシデントに遭っても、奇跡と言われ
ながら生きながらえています、60メートル落下して後に
69才で、まだ生きている私。32才で30センチ落下して
家族3人残して死んでいった親友。
 クヨクヨせずに有りの儘を受け入れ、脳天気でいるのが
最良。
 私も、近々お召しが有るのではと、旅行社の何処かで
「極楽体験ツァー・昼飯・お土産付」と言うのを探しています。

ペンネーム:質問者 (匿名希望)さん

相談者
なるようになるというのが一番いいですよね でもつい色々考えてします
運命は決まってると思いますが・・・5969トンボさんはそういう体験をされて生かされてると実感してらっしゃるんですね

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

姉上様のこと、お悔やみ申し上げます

ですが、やれ天国だ地獄だ死後の世界だと。
そんな与太話を信じるから、抱え込まなくても良い不安に苛まれるのでは?

死ねば自分という存在がこの世から一つ消える、ただそれだけです。
長年かけて培った人格や知識、それらがなくなるのがもったいないなーとは思いますけどね。

ペンネーム:質問者 (匿名希望)さん

相談者
でもそこまではきっぱりと割り切れませんが いろんな回答を読んで答えをだすのは難しいと改めて感じました 不安に感じるのは実家の家族が皆突然亡くなったせいだと思いますが・・・
まぜものさんはくよくよ考えない方なんですね 羨ましいような・・・

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

丁寧なご返事、ありがとうございました
どうも霊魂とかあの世とかの話になると、つい辛口になってしまいます。
人間の作り出した妄想や観念に振り回されたくないと、常々心がけてるものですから。
もし不愉快に感じられたのであれば、申し訳ございませんでした。

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

質問とは関係ないコメントをするご無礼をお許しください。

死んだら ただ消えるだけ。
私もそう思っている一人です。

死ぬときに痛みや苦しみがあったら嫌だなとは思いますが(−−;
死んでから行く先を考えたことは無いですね。

周りに惜しまれるくらいぽっくりと逝きたいものだと常日頃思っています。
なんて言うと
憎まれっ子世に憚るなんて 言われそうですけどもね(笑)

ペンネーム:質問者 (匿名希望)さん

相談者
全く想像がつかないです 色んな答えがありすぎて・・・
考えても仕方ないと思えるようになりました

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

誰でも思います。小学校2年生で父が病死しました。人間は死ぬんだ、といことが毎日くらい気持ちにさせましたが、何ヶ月かが経過したとき、いずれ死ぬのだから、死ぬまで生きようと思うようになりました。

以下はどなたかかの本からの書き写しです。

凡夫こそ本願の正機たるべし
自力では諦めきれぬと諦めて 他力をたのむ ほかになすべなし  親鸞

神の恩寵も、仏の慈悲も、個人の善行や修行とは関係ない、と、はっきり自覚するところから信仰がはじまる。本当の信仰を得て、敬虔な生活に入ると、人生の苦しみがなくなるのだろうか。信心を得た人は、つねに心やすらかでいられるのだろうか。ノーである。
どれほど深い信仰を得ようと、人生の苦悩はつきない。なにが変わるのか。たぶん、苦しみつつも、それに耐えていくことができる、ということだろうか。真実の信仰を得たとしても、人は生きる力を失うこともあると思うからだ。それは「わがはからいにあらず」と受け止めるしかない。

ペンネーム:質問者 (匿名希望)さん

相談者
そうですね 答えはでないと思います このQ&Aで皆さんの回答を寄せてくださったことが何かしみじみしました

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

モトさんに、拍手です。

私はカトリック信者です。
病院勤務なので、日常的に人の死に立ち会っています。

『眠狂四郎』でしたか、人は死にたいと思っても死ぬ時が来ないと死ねないとおっしゃっていました。

私は神さまにすべてお任せです。確かに苦しみがないわけではないけど、祈ることで、随分ラクになれます。

「すべてをあなたにゆだねます」

と。本当に自分の意思じゃどうにもなりませんものね。

日本人は宗教嫌いの方が多いですが、やはり死に近づいたと思えば一層、信仰を求める(変な新興宗教でなく)のは良いことだと思います。

ペンネーム:質問者 (匿名希望)さん

相談者
生かされてるということだと思います そのことに感謝して生きていかねばいけませんねえ

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

これが参考になるかもしれませんヨ:

http://smcb.jp/ques/5944

ペンネーム:質問者 (匿名希望)さん

相談者
見ました 有難うございます よくそんなことを聞きますが・・・
とにかく そのときにならないとわからないということですねえ

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

死後の世界は有りません。

神すらも人間が作ったものです。

死ねば無に帰るだけです。
残っているのは、あなたを知っている人の記憶だけです。
それも、無くなった時が本当の死と言えるでしょうね。

死んで不安を感じることはありません。

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

>toroさん

存在すらないんですから、感じようが無いです。
そこで存在を感じれたら、神になるでしょうね。^^

我思うゆえに我あり=神が生まれた時の最初の言葉です。^^;

ペンネーム:質問者 (匿名希望)さん

相談者
回答有難うございます 結局いった人は帰ってきて そのことを教えてくれるわけでもないですものね 永久に謎ですよね

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

私も実の妹に言われましたちなみにまだ30代後半ですがいつかは私と姉ちゃんも別れの時が来るんだねと言ってました私より5才も年下なのに確かに先の事なんて誰にもわかりませんだからこそその日1日大切に生きるべきなのではないでしょうか

ペンネーム:質問者 (匿名希望)さん

相談者
私達もよくそういってましたが その日がきてしまい何処へ行ったんだろうといつも思います 一日一日を大切に・・・ということはよく言われることですが これはほんと難しいことのように思われるんですが

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

難しいかもしれませんがちいさな事でもいいんです私は自分の事しか考えないような生き方はしたくないんです世の中には私より困ってる人弱い人がたくさんいるんだからそういう人達の為にいい事してからなくなろうって思ってます人の為にいい事した後は今日はいい事したなーと言う気持ちになります最近思うのはいい事したらむくわれるけど悪い事したら必ず自分に神様から罰を与えられると考えるようになりましたあくまでもこれは私の個人の考えです

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

私も一昨年弟を亡くしました45歳でした。
友達の家で寝ている時に食道静脈瘤破裂で亡くなって
いたのを明け方見っけられたんです。
すごいショックを受けました。いまだに弟の事を思い出すと涙が止まりません。
その頃からいつも死という言葉が離れなくなりました。
自分の死は怖くはないのですが・・・親の歳を取っていく姿を見ていると何時も不安に思います。
だからと言ってそんな事ばかり思っていても、寿命なんて
分からない、若くても歳老いても・・・と自分に言い聞かせています。

ペンネーム:質問者 (匿名希望)さん

相談者
あっぷるさんも悲しい思いをされたんですね そうですよね 考えても仕方ない でもいつその日がきても後悔しないようにしょうというのが結論でした
みなさん 有難うございました!

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

皆さんも真剣に悩んでるようですねでも怖がってても始まらないのではないでしょうか私も現在思うのは自分の体は自分で守らないと誰も助けてくれないんだと言う事をしみじみ考えさせられました確かに私も最近涙もろくなりましたでも泣いてても始まらないしなぐさめてくれる人もいないなら自分で何とか解決していかないと自立できないのではと思ってます私も上京して4年になりますが知ってる人もいない都会で孤独と戦ってます

ペンネーム:質問者 (匿名希望)さん

相談者
おんがくだいすきっこさん 孤独に強い人はどんな事にも強いと思いますよ
私も日々小さな幸せを大切にしていきたいと思います 回答有難うございました

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

どんなところに行くかはわかりませんが、私は先日、これが臨死体験と言うのかどうかわかりませんが、手術のあとに次のような経験をしました。私はちょっと丈のある草原の中で寝ていました。私には丁度いい暖かさで肌寒い風も吹いてきません。外に寝ているのに温室にいるような暖かさでした。普段なら時々は肌寒い風が吹いたりするのに今日はなんといい日なんだと思いましたら あたりから寝ちゃだめだ 動かなけりゃ駄目だと言う声がきこえました。目が覚めたら看護師さんとお医者様が私を起こしていました。あれが死ぬ瞬間なんだろうなと今も思っています。死ぬときって意外といい気持ちなんだなと思いあれからは死ぬことが怖くなくなりました。

ペンネーム:質問者 (匿名希望)さん

相談者
よくそのようなことを聞きますね 貴重な体験をされたんですね そのようなことは想像しますが・・・
回答 有難うございます

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

生きている中でのすばらしい体験だと思います。
私も体験したいと、、、不謹慎にも、、、つぃ思ってみましたが、
自然に体験することだと、納得いたしました。
骨折を4回しても、脳卒中に2回なっても、
体験させて頂けないのは、まだまだ人生を反省して、生かさせて
頂いているんだと確信いたしました。
これからやれるだろう、社会貢献に何らかの手段を持って
実行していきたいと思います。

ペンネーム:質問者 (匿名希望)さん

相談者
熊ちゃんさんも艱難辛苦を乗り越えてこられたのですね そうゆう体験をされ悟られたんですねえ

ひろさん 私には子供がいないので人生を追体験してないんで短くも感じてるのかもしれません

ペンネーム:質問者 (匿名希望)さん

相談者
はなすきさん よくそうういう話を聞きます いこうとしたら呼び戻されたと・・・
お花畑を見るとか 確かなことはだれもわかりませんね

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

家族が逝ってしまったり、学生時代からの友人が逝ってしまったりしているうちに、何となく死を受け入れる準備が出来てきたように思います。以前は、まだまだ遠い先のことだと思っていましたが、毎年のように見送っているうちに自然に死を受け入れる気持ちが出来てきたのだと思います。ただ、最後に痛い思いをするのは嫌なので、楽に逝きたいですね。誰でもそうだと思いますが。

ペンネーム:質問者 (匿名希望)さん

相談者
多分暇なんだと思ったりします 忙しくしてた時はそんなことを考える余裕もなかつたですから・・・ 私も苦しい思いをして死にたくないです

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

現実的な話、宗教も お寺 も 神社 も 所詮
人間という動物の作ったものです・・・・心のよりどころ
としてですね。
ですから、 あの世 とかも 原生の人間の作ったもの
いや、考えたものかもしれません。
地球は出来て45億年、そのまえ宇宙はできて137億年
です・・で、地球は炭素を含んでいたため、動物の祖は
微生物から単細胞生物、複数細胞生物となって人間も
できてきたんですねえ・・・
ですから、死とは・・生まれる前 の 状態に戻ること
これは、動物でも生物でも人間でも 同じですねえ・・・・
死んだ人・・残った人 に 思い出残す。
いい思い出を残せる 人 に なりたいものですねええ・・・

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

追記:
 丹波哲郎さんは・・大霊界はあると おおみえきって映画まで
 作りましたねえ・・でえ、丹波さん 逝ってから 大霊界ありましたか
 おしえてくださいよおおお・・・
 え! おおぼら??? ふいてたのお・・・

ペンネーム:質問者 (匿名希望)さん

相談者
意見は人それぞれですが お忙しいのに皆さんのあたたかい回答に感謝しています 
死んだ後物だけが何事もなかったように残るのがなんとも言いがたくて
私もいらないものは整理しています

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

そうですねえ・・諸行無常・・光陰矢のごとし・・・・地球年齢・・宇宙年齢
から比べたら 人の一生 なんて あ!っというま ですねえ・・・
ですから、お互い 悔いのない人生 日々充実 って 感じで
生きて生きたいですね・・・人は死んで 13回忌もすぎれば・・もう
過去 ご先祖さま になっちゃいますもんね・・・・・・
うちの ご先祖さま・・元禄時代まで墓石で確認できました・・まあ、百姓で
苦労した ご先祖さま ですねええ・・・それで、今 われがある って感じですねええええ・・・う〜んん です。

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

お気持ちは解ります。
実家の母も18年も前に父を癌で亡くし 一人暮しです。 
70歳まで仕事をしていましたが、仕事を辞めた途端 急に考え方が老けこみました。

私も結婚→別居→離婚 そして実家を離れ遠方へ再婚・・・と
色々とありました。
いつも気丈で厳しい母でしたから 決して甘えさせてはくれませんでした。
今度は私が母を励ます番だと思い いつもこんな言葉を掛けています。。。

?今 やれるべきことをやる

若い時に比べ 毎日の生活は淡々としているでしょうが、
さほど変わりようのない生活だとしても 気持のもちようだと思います。
今日は天気が良いから いつもと違う散歩コースを歩いてみようか?とか、
ここの角を右に回ってたけど 今日は左にしてみようかな〜とか。
ちょっとした発想の転換で 新しい何かの発見があるかもしれません。

「あとどれくらい生きられる」など「死」に対する現実を後ろ向きに考えず、どうせなら前向きに考えてください。

子供の立場から言わせてもらうと、
「いつ死んでもいいから」と考えて 命の灯火の消えるのを待っている親より どんな小さなことでも良いから生きがいを新たに見つけて生きて欲しいと願います。

年金も少なく、高齢者には住みにくい世の中だと思いますが
次世代の私たちは年金を受け取れるか解りませんし、更に不況が続いて世の中どうなっているか解りません。
そんな世代で高齢者になることを考えるとかなり悲惨です。
 ’今生きていること’をありがたいと捕えてみてください。

本気でそう思う時 何か「生き甲斐」を見つけることが出来るかもしれません。

生意気言ってすみません。。。

ペンネーム:質問者 (匿名希望)さん

相談者
そうですよね 前抜きに考えることが大切ですよね ネガティブな性格かも?
でもここで皆さんが真剣に答えて下さり ありがたいと思います

ペンネーム:回答者 (匿名希望)さん

ご丁寧なご返信ありがとうございました^^
何だかご高齢の方?だと勝手に思い込んでしまったようで申し訳ありませんm(*- -*)m
どちらの年代にしても 今生きていることに感謝して ’人生は限られた時間’・・・ならば尚更のこと 少しでも愉しく過ごしましょう。

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