登って知ろう! 中道子山城(ちゅうどうしさんじょう)

このイベントは終了しました

登って知ろう! 中道子山城(ちゅうどうしさんじょう)
開催日時:

開催場所:兵庫県高砂市神爪1丁目15-6 地図を見る

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コミュニティ アウトドアを楽しむ会
主催者
カテゴリ ハイキング・登山
タグ
  • ハイキング
  • ウォーキング
  • 城跡
料金
  • 0円
料金用途 0
参加人数 3名
募集人数 5名 受付終了
最小催行人数 2名
対象
開催日時
開催場所 兵庫県高砂市神爪1丁目15-6 地図を見る
募集期間
イベント内容 ■戦国の時代に建てられた城跡を訪ね歩き、その時代の息吹を感じませんか? 戦国の城は、歴史の攻防戦でさまざまな伝説や物語に彩られています。胸躍る英雄達、志をとげた人もいれば奮闘努力にも関わらず散っていった人もいます。

戦いがぎりぎりまで追い詰まった歴史の中の人々の思い。城のひとつひとつにその歴史と、そこにいた人の息吹があり、時を越えて、それらを感じる事が出来るのが戦国の城です。

兵庫県下の国指定史跡は21城で日本最多!
と、いうことで、中道子山城跡攻城の山歩きです。時間があれば、黒田官兵衛の妻、光姫の出身地・志方城(観音寺)立ち寄る予定です。
さぁ、山城を巡って、誰よりも健康になりましょう!

◆ 開催日 :12月28日(木)
◆ 集合場所
① JR宝殿駅北口 AM 10:00
② 登城入口駐車場 AM 10:30(駐車場は登城入口付近)
◆ 解散時刻 : PM3:00
◆ 距離 :JR宝殿駅 9km  
◆ 宝殿駅からのルートラボ :https://yahoo.jp/MxnAJq

【中道子山城の歴史・背景】
志方町の東、通称「城山」に中道子山城(ちゅうどうしさんじょう)が作られたのは永正十五年(1558)で当時播磨一帯を領していた赤松円心則村の子、氏則が城郭として使用したのがはじまりであったようです。が、一方で「播磨鑑」や「播城志」などの記述によると赤松繁広が築城したものとなっているものもあります。

嘉吉元年(1441)の嘉吉の乱において赤松惣領家は断絶したとされ、とそれは同時に中道子山城の城主であった繁広の運命も同じくしたものであったであろうと考えられています。しかし、其の後応仁・文明の乱(1467~1477)の時に赤松政則が赤松家を再興し、それに従軍した孝橋繁景(繁広の子)が中道子山城に復帰しました。

その後、赤松家の中で次第に力をもつようになってきた重臣の浦上氏や、出雲の尼子氏、摂津の三好氏などと熾烈な死闘を繰り返していきました。やがて天正年間には、羽柴秀吉の攻撃をうけて落城したとされています。『ひょうごの城紀行(下)』より

(YouTube動画)
志方の城山https://youtu.be/HTSqeS688TM
加古川・志方 中道子山(城山) https://youtu.be/19HZhZYDwus

■中道子山城
・所在地 兵庫県加古川市志方町広尾
・別名 赤松城・志方の城山
・高さ 272m
・築城期 至徳年間(1384~86)
・築城者 赤松氏範(氏則)
・城主 赤松氏
・遺構 郭・堀切・土塁・井戸・石積等

※参加者1人につき、ゲスト参加2名まで可能。
※ 途中参加、途中離脱OK!合流場所等を連絡して
もらえば時間など打ち合わせさせていただきます。
※尚、天候による中止、延期は、前日に連絡させていただきます。
以上、検討の上、参加お待ちしております。m(__)m

参加者専用伝言板

公開伝言板

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