ある名優の遺言

1945年5月25日、12歳だった少年は、
友人宅を訪ねるために、
渋谷駅近くの自宅から、
青山学院方面に歩いていた。

空襲警報がなり、
アメリカ軍の爆撃機が、
バラバラと焼夷弾を落とす。

少年は、隠れ場所を探して走る。

幼い女の子が、
ぼんやりと立っている。

女の子の手をひいて、少年はさらに走る。

ふと気がつくと、女の子が妙に軽い。
握った手をみる。

手をつないで走った女の子は、
腕だけ残して、跡形もない。

少年は、握った女の子の腕を離し、
夢中で逃げた。


その少年の名は、俳優、仲代達矢。

かつての軍国少年は、
85歳となった今も、