一向一揆最後の砦―鳥越城

< 鳥越城跡 > 10:50着
城山ともいう。標高―312m。城主は、紀伊雑賀一揆の首領鈴木孫一重秀の一族で、鈴木出羽守、と伝えられる。
1580年、安土の信長のところに、一揆の首謀者の生首19人分が届けられた。しかし、1581年、再び一揆勢が蜂起し、柴田勝家の兵300人を討ち果たし、城を奪還した。
1582年3月、佐久間盛政が、一揆勢を制圧し、300人を磔刑にした。
周辺7ヶ村は、根絶やしにされ、3年間、荒地と化し、廃城になったという。この鳥越城が、加賀一向一揆の最後の砦になったことで、歴史的意義があるとして国指定の史跡となった。

以前、この一向一揆