中世の名門 赤松氏の栄枯盛衰とその時の居城

鎌倉時代から安土桃山時代にかけて播磨を支配した赤松氏の主要な城は4城だった。以下簡単に赤松氏の栄枯盛衰を居城と共に説明する。

赤松氏の代表的武将に赤松円心がいる。彼は後醍醐天皇の建武の中興に協力、多大な武勲をあげたが、その後諸事情から後醍醐天皇の元を去り、九州方面に逃走した足利尊氏を支援、室町幕府設立に多大な貢献をした。

特に後醍醐天皇の勅命で尊氏追討の5万の大軍を擁した新田義貞を播磨に釘付けにしたことは歴史に残っている。この戦いで円心は白旗城、円心の三男則祐は感状山城で指揮を執った。白旗城は源氏の白旗、感状山城の命名は尊氏からの「感状」に由来する。