山村にて
甘やかな、ほんのり赤い五月の夕日が
この山ふところの村落を、新緑に重い風景を、
瞬間の希有な光で浸している。
夜に入る前に最後の娘が汲みに来る
高い、澄んだ井戸の水音。
昼間わたしが見た
石段を降りてゆく其の井戸のあたりには、
すでに夜の影がさまよっていることだろう。
多くの岩やきりぎしに谺こだまするその音が
この山村の迫った深さを思わせる。
人が其処から汲みあげる平和、
人が水桶へあける限りない涼しさ。
あの井戸の近く、大きい柿の木の下で、
或る年の夏を暮らすべき自分を私は夢想する。
其の時、一冊のゲーテ