貞子さん

貞子さんは私より5つ年上だったが、親友と言ってよい人だった。お互い一人もので住んでいるのも近くで、仕事をしながら同じ大学で学んでいることも一緒だった。

その貞子さんが、「もう日本にいるのが嫌になったから、海外旅行へ行かない。しばらく日本離れたいの。」

私もその意見に同意した。時は今から25年前の阪神淡路大震災の年の事である。私は神戸の隣の町で被災し、職場は避難所になった。明け方の地震は見慣れた街を一変させた。私は自宅も壊れたが、職場はもっと凄いことになっていた、校庭には大きな亀裂が走り、それが校舎の方まで続いていた。廊下もひびが入り少し傾斜していた。