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よくあるご質問

ハイヒールに嫌われた女

大人の女の象徴のようなハイヒール。
その華奢で優雅な(実用性とは程遠いが)
ただひたすら美しい靴をさりげなく履いている
女性には憧憬と羨望があった。

だが、ヒールの高いお洒落な靴を自然に
履きこなすためには大変な努力がいる。
元々、女性の足は高いヒールの靴に相応しくは
出来ていないのだから、フラットな靴の方が
楽に決まっている。

安楽さと美意識を天秤にかけて後者を選んで
しまったために思わぬ失敗をしてしまった
苦い思い出がある。

………………

40代の頃、姪の結婚式に招待されて新幹線で
東北の青森から仙台市に出かけた。

その披露宴では私が司会を仰せつかっていた
ので、幾分緊張していた。
身内だけのささやかな宴なので素人の私でも
何とかなるだろうと思っていた。

いちばん悩んだのは服装のことである。
司会者は、立っている時間が長いので
立ち姿を颯爽と見せないといけない。

でも、私は初めてハイヒールを履いた時の
苦い思い出があるのだ。
二十歳の頃の初めてのデートで、胸を焦がし
ながら履いていったハイヒールの踵が側溝の
溝に嵌ってしまって大変な思いをした。
あの時は体中から火が出る思いだった。

それがトラウマになり、それ以降はフラットな
靴しか履いてこない私だった。

新幹線に乗り、前日の午後に仙台入りをした
私は、一晩中思い悩んでついに翌日の朝に
慌てて靴屋さんに駆け込んでヒール7センチ
のお洒落な靴を買った。

…………………

キンコンカーン、キンコンカーン
澄み渡る空に、教会の鐘の音が鳴り響き
ウェディングマーチが軽快に流れてくる。
新郎新婦は2階の教会の入り口から外に
続く螺旋階段をそろりそろりと降りて来た。

階段の左右には参列者が並び、拍手の嵐と
紙吹雪の乱舞が始まった。

コツコツ、コツコツ、動くたびに私の
ハイヒールの音が心地よく響いてくる。


新郎新婦を拍手で祝いながらも、私の胸は
思い切って履いたハイヒールを掌の上に
載せて眺めていたいほど酔いしれていた。
(もう、大丈夫だわ。失敗なんかしなかった)


披露宴は2時間で終わった。
司会進行を任せられた私の役目は終わった。
取り立てて目立つ失敗もなく滞りなく終了した。

グレーのサテンのタキシード姿の新郎。
淡いピンクのオーガンジーのドレス姿の新婦。
彼らの両親たちに感謝されて私は満足だった。

…夕方の新幹線で帰ろうとした時だった。
今までの緊張が解けたのか、足の踵に猛烈な
痛みが襲ってきたのだ。

Mホテルから、仙台駅までは徒歩で10分。
(これ位なら歩けるわ)と小ぶりのキャリー
バッグを引き、左手には披露宴の引き出物
が入った大きな紙袋を提げて歩いた。

来る時に着てきた洋服と履いてきたローヒール
は、既に宅配便で自宅に送ってしまった。

つまり、披露宴に出たままの格好で新幹線に
乗る算段だった。

夕方の駅前の雑踏の中で途方にくれてしまった。
何と甘かったのか…痛みはますます酷くなり
なす術もなくやっと見つけたベンチに
へなへなと座り込んでしまった。

(さて、どうしたものだろう。これから
靴屋に寄っていたら、帰りの新幹線には
間に合わない…)

新幹線のチケットは指定席である。
もう、ノンビリしてはいられないのだ。
ほとほと困り果て、涙が出そうになった。

その時、突然光明が差してきたように閃いた。

(あっ、そうだキャリーバッグの中に…
ほら、あれがあったわ)

その日、ホテルをチェックアウトした時
何の脈絡もなく、私は人生で初めての
ささやかな冒険をしたのだった。

そう、何気なく悪気もなくホテル備え付けの
スリッパをチャッカリと失敬してきたのだ。

その時泊まった部屋は、先方でとってくれた
かなり豪華なものだった。
備え付けのスリッパも、女性好みの赤い花柄
のものだった。

その時の心理は無意識のようでもあり
(帰りの新幹線の中でハイヒールを脱いで
これに履き替えよう)と思ったのかもしれない。

新幹線ホームに向かう長いエスカレーターの
前で、もう躊躇うことなくハイヒールを脱いで
紙袋に放り込んだ。
そして、キャリーバッグの中から取り出した
スリッパに履き替えて恥も外聞もなくホームに
向かった。


💚写真はネットからお借りしました。

カテゴリ:日常・住まい

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