この歌は1964年(昭和39年)に、発売・梶光夫によって歌われました
懐かし歌です、、りんごが14歳で中学2年生の一番荒れていた時期の歌です
中学3年になり「修学旅行」の蒸気機関車の中でこの歌を歌い、マイクを使って各列車に流されましたよ、、いやはや^^
さて、梶光夫の実家は、時計・宝石・貴金属を扱う宝石商でスイス時計店を生業にしていたようですね
この為、家を継ぐために「5年」だけ芸能界に在籍をし、父との約束を守る為、この歌でブレークしながらも芸能界を引退、、稼業を継ぎました
現在は、日本を代表する金細工師・宝飾デザイナーとして国際的に知られて活